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公益社団法人日本山岳会

房総でのお花見と軽い散策の会

高橋 聰

日時:2022年3月18日(金)~19日(土)

参加者:吉永英明、醍醐順一、杉田和美、高橋 聰(4名)

此の計画は昨年忘年山行の時吉永君より発案が有り、来年の花見は千葉でやらないかと話があり、吉永さんと醍醐さんが企画担当で実施するので、吉永君より高橋お前が最終的な計画書を作成して発表せよとの事で計画が始まったのでした。

 本年1月になり吉永君が以前使ったことのある岩井にある民宿の治郎吉に連絡すると、申し訳ないがコロナウイルスの為今の所予約を受け付けてなく、コロナウイルスの緊急事態宣言が解除になったら営業を始めるので暫く待って欲しいとの事のようだ。

 3月になり再度吉永君が治郎吉さんに連絡すると、未だコロナウイルスの為営業はしていないとの事で、どうするか迷ったのでしたが、吉永君が幹事として他の民宿で有る甚五郎に電話をすると、ここでは営業するとの事で何とか宿を確保できたので、実施することが出来るようになったのでした。早速参加予定で有った世話役以外の方に電話すると、コロナウイルスが何となく怖いので遠慮するという方もおられ、最終的には4人のみとなってしまったのでした。

 3月18日(曇り後午後2時頃より雨)

 さて当日からの事です。参加者は4人だけなので何ら気を遣う事も無く、杉田君と錦糸町で会うことになっていたのだが、錦糸町の駅でホームを見渡せが何処にいるのか不明だ。取敢えず電話でもしてみるかと電話をしたら別の箱に乗っていたようで、直ぐにやって来た。色々と話をしているうちに木更津駅に着き、上総一宮行に乗り換える。同行の吉永君、醍醐君は君津駅で乗車してきたので、これで全員集合した事になるが、人数が少ないとなんだか侘しさを感じてしまう。

 11時08分に鋸山の登山口で有る浜金谷駅に到着し改札口に向かうと、改札口の横に1月17日より3月18日迄鋸山ケーブルは改修の為営業中止と大書されているではないか。さてケーブルが動いていないのならば歩いて行かねばなるまい。ゆっくりとした足並みで歩き出す(もうここで全員頂上まで行く気はない雰囲気だ)案内に導かれ関東ふれあいの旅コースに着いて、急な階段を見たら(15~20分程度で階段は終わったと思う)誰もこの階段を昇って行くと言い出す猛者は出てこない。確かこの先に行くと少しゆっくりと歩ける車力路と言われる登路が有ったと思いそこまで行くことにする。ここに付いたらなんと運の良いことか、天からポタ・・・ポタ・・・と涙がこぼれて来てしまう。全員なんとなく歩く気が無くなり、此処より引き返すことになってしまったのでした。浜金谷の海岸まで降りてくると午後1時過ぎとなり何だか腹も空いてきた。どこか食堂は無いかと探しながら歩いていると。ラーメンと書いてある食堂と一寸小綺麗な看板で地魚寿司と書いてある店が有る、どちらに入るか迷うも全員寿司の方を選び入店したのでした。なんだか注文をする仕方が不明だが、タッチパネルで頼むようだ。吉永君が懸命にいじっているがなかなか出来ない、何とか苦労して取敢えずのビールを4杯頼むことが出来た。

一度なれると次は簡単だ。後は地魚の寿司を4人前頼み足りなければ追加すれば良いだけだ。

ここで一時間30分近く飲食して居ただろうか。入店当初は他のお客もかなり入って居たが、気が付くと周りには殆ど居ず、我々4人だけである。お腹も良くなったのでそろそろこの店を出て、今夜の宿である岩井駅より10分から15分程度歩く甚五郎に向かうことにしよう。

 岩井駅に行くとこの内房線は君津よりは一時間に一本しかない電車で有るが、タイミングが良く5分程度の待ち時間で電車がホームに入って来た、此処岩井駅より浜金谷駅迄は保田、安房勝山、浜金谷と続き、三つ目の駅でありその所要時間は11分なので、アッという間に着いたのでした。駅前に有った旅館や民宿の道順地図を見ると本日宿泊する民宿甚五郎が掲載されている。この地図を頭の中にインプットしていくことにする。先ずは50メートルくらい先にある国道を左に折れて、次の信号を右に行けば良いらしい。そして暫く行くと川が有り、それの少し先を右に折れたら宿があるようだ。少し迷い紆余曲折しながらなんとか今宵の民宿甚五郎に着いた。何か以前に来たことがあるような見覚えのある宿だ。そうだ、何年前か忘れたが、確か醍醐さんが幹事の忘年山行で鋸山に来た時泊まった宿だ。(帰宅後調べてみると平成28年に石原達夫、吉永英明、森武昭、下河辺史郎、横田昭夫、西谷隆亘、西谷可江、醍醐準一廣島孝子、日出平洋太郎、高橋聰、小亀真知子、大塚幸美の13名で来ていた)お風呂は今入れているので16時に入れるようにします。夕食は18時よりで翌日の朝食は8時と言われたのでした。まだお風呂に入るのにも時間があるので、何はともあれ一杯飲んで時間を潰すことにしよう。

時間も16時過ぎとなり案内された部屋は別棟なので、お風呂のある本館に行こうと玄関から出ると何という事か、雨が本降りの状態で、本館迄ほんのわずかの距離(10メートル位か)なのだが、傘が無いので走っていかなければならなかった。(これは食事の時も変わらず) 今宵の食事は特別料理を幹事の吉永君が依頼していた様だ。さて食事の時間だ。この民宿は網元でもあるとの事で、大いに美味い魚を期待していたのだが。(何故かこの後の記憶が途絶えてしまっているので、何も書くこと適わず)

3月19日(曇り)

 今朝の朝食で特記事項と言えば、昨日食した伊勢海老の頭で出汁を取った味噌汁である。本年の1月に日本山岳会のスキー懇親会の時に、以前は当山想俱楽部のメンバーでもあった三重県伊勢在住の中野八千代さんが参加され、2日間僕がスキー指導をしたので、そのお礼と形の良い伊勢海老を送って戴き、身は刺身として食し、翌日頭と胴の殻で出汁を取り味噌汁を食したのだが、やはり伊勢海老の味噌汁は絶品で有った。

 朝食後9時過ぎに富山に向けて出発する。道中道沿いに咲く菜の花の群生が有りその黄色い花が鮮やかであり、建物の陰から雲間に微かに見える富士の山が真に素晴らしい景色を楽しませてくれている。

宿を出てから一時間程歩いたら、富山の登山口にある富山福満寺の仁王門前に着いた。ここより富山の登りが始まるのだ。ゆっくりと休んで登り始めたのだが、少し登り始めただけで、呼吸が苦しくなり、足がなかなか進まない。先行している人たちに僕はゆっくりと行って貴方達が頂上に着いて、降りて来たら、僕はそこより一緒に下りるから、どんどん先に行ってくれと伝えたのだった。それでも何とか7合目と書かれている所まで行くと、喉も乾き、お腹も空き、体もこれ以上連続して歩くと無理だよと、悲鳴を上げてきたので、熱いコーヒーに砂糖を少し多めに入れ、直ぐエネルギーに変換する糖分の多い非常食として常に持っている羊羹を摂り、落ち着いた。そしてそろそろ頂上に向けて歩き始めようかと用意をしていると、先行していた人達が頂上まで行って降りて来たので、僕も降りることにする。時間は12時過ぎ頃か、下り始めて30分もしないで登り口で有る福満寺に着き、此処で少し休んで、岩井の駅までゆっくりと行き、駅の傍に有った蕎麦屋さんが開いていたので、そこに入り打ち上げと称して喉の渇きを癒して16時前後の電車に乗り解散となりました。

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