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公益社団法人日本山岳会

2022秋のヒマラヤ便り■広島支部アマ・ダブラム登山隊

広島支部は本年創立25周年を迎えます。
二度の悲しい山岳遭難事故を経て、その教訓を心に刻み、自主独立した登山者を目指して歩んでまいりました。
今般、たいへんな時期ではありますが、ネパールのアマ・ダブラム峰に遠征を出すことにいたしました。
すでに各尾根、各壁は既登されていますが、ネパールエベレスト街道に俊然とそびえる峻峰は若者の心を掴んで離しません。
次の遠征を視野に、高所を含め、海外遠征のイロハを経験することがこのたびの大きな目的です。
本登山の格別の暖かいご理解とご支援を賜りますよう切にお願い申し上げます。
2022年7月
隊長 吉村千春



11月17日

帰国

10月29日 日本帰国編
「美味しくて綺麗な日本!」
カトマンズ空港で、お世話になった社長と握手をし、美しく別れる。
入国時と同じように社長の友人という空港管理人が現れ、いろんなゲートをドンドン順番抜かしで通してくれてアッという間に待合室へ入る。
今後の為に普通のやり方で入ってきたかったが、親切を断る事はできず、出発時間までは3時間近くあるので、最後のルピーも使い切りたいし、リカーショップでビールやツマミを買ってロビーで宴会。
空港内のビールは日本のビールより高額だ。
宴会をしていると少し前に逸れた管理人が笑顔でやってきたので、社長に言われたようにチップを50ドル渡す。
これも高額過ぎる気がするなーと思いながら笑顔で別れ、出発ロビー入る。
ここも順番抜かしでアッという間に越えて行く。
出発ロビーは、もの凄いたくさんの人、日本人を探すが発見する事ができなかった。
ネパールアルアルは起こらず時間通りに搭乗し遂に出国の時がやってきた。
飛行機はほぼ満席に近い、日本に仕事に行く人たちだろうか。
行く時同様、私は一睡もできなかったが、遂に日本に上手に着陸。
日本からカトマンズ空港に到着した時のような歓声は全く起きなかった。
最後の「ナマステ」を手を合わせ添乗員と行い遂に日本に戻ってきた。
飛行機から降りた瞬間、そこは久しぶりの「日本」だった。
ゴミも匂いもないし、壁もガラスも全て綺麗だ。
日本は世界一の清潔な国だと思う。
ネパール帰りだと異常過ぎるぐらい、どこもかしこも綺麗だ。
無事に荷物を受け取り、国内線待ちまで2時間ぐらい、足は自然にフードコートに向かう。
何を食べても美味い(笑)BCからカトマンズに降りた時は、都会はやっぱり美味しいなあーと思っていたが、やはり日本は段違い(笑)そして、国内線に乗り25日ぶりかな。
広島にスムーズに着陸、飛行機から降りると、ネパールのラメチャップ空港より遥かに人も少なく静かだ。
手荷物受け取りから、ガラス越しに待合ロビーを見ると、迎えの仲間は見えない。
今日は土曜日だし、みんな山に行ってればいいなーと思いながら、荷物を受け取り自動ドアを出ると、右側の通路に隠れていた支部メンバーが大きな垂れ幕を持って出てきた。
嬉しさより、恥ずかしさの方が大きかった(笑)メンバーが連れてきていた女の子から手作りの金メダルを首に掛けてもらい感動(泣)、お迎えにきてくれた仲間に申し訳ないのと嬉しいのと、本当に良い仲間たちができたなあーと感じた。
1時間ほど空港のレストランで盛り上がり、それぞれが帰宅の途に着いた。
遂に夢のような時間が終わった。
明日から現実を考えると時差ぼけも疲れも関係なく、なかなか眠れなかった。

11月7日

ベースキャンプ最終日

19日目 ベースキャンプ最終日ミーティング編 4,600m/10月23日
「たぶん伝わってないミーティング」
遂にBC最終日となった。午後一予定のヘリで一気にカトマンズまで帰る予定だ。
パッキングも済み、相変わらず絶景晴天のアマダブラムや、そこから見える全ての山を目に焼け付けていく。
11時ぐらいに社長が「登山のミーティングをしましょう」と言ってきて、広島チームと社長、シェルパと2人、レジェンドニマさんと笑顔のミンマさんで食堂に集合し、ミーティングが始まった。
「言いたいことがあれば、ちゃんと言うんで」と大野と原には伝えていたが、若い2人は感謝の言葉を述べただけで終わった。
予想はしていたが、なにも言わない2人に「オイ」と心の中でツッコミを入れた。
私の順番がやってきた。何を言ったか全ては覚えていないが最初に言ったのは「我々はロールワリン(社長の会社)のプロモーションの為に、ネパールに来たわけではない、あそこのテントに張ってあるポスターはなんだ?なんで社長がリーダーで我々が隊員なっている。我々のリーダーは吉村さんだ。最高のシェルパが2人いたが社長のお世話の為にいただけで我々にはシェルパが居なかった山行だった」という感じの事を第一声で伝えた。
社長はネパール語でシェルパに通訳、それに対して社長に返答をして欲しかったのに、なぜかレジェンドニマさんが返答、ちゃんと伝わってないのかレジェンドニマさんは、悲しそうな顔で、少し涙目だ、、、レジェンドも一生懸命話し、それをまた社長が日本語にして、こちらに伝えるが、私が欲しい返答は、殆どない。
高度順応期間の事や、まだまだ日数があり、天候も安定しているしアタックできたはずと、いろいろ話したが、話しは噛み合わず、シェルパも可哀想だし言いたい事の半分ぐらいしか言わず、少し前からソワソワと何度もテントを覗く早く昼食を出したいコックさんもあり、ミーティングは1時間ぐらいで終わった。
残りの半分はカトマンズに着いてから社長に言う事にする。
最後にここでお別れになるニマさん、ミンマさんの2人に感謝と再会をしましょうと伝え、固い握手をした。
その後、BC最後の昼食を取り皆でBCのテントなどを撤収した。
撤収した荷物も運ぶ為に、朝からゾッキョと牛飼いが来ていたのだが、ゾッキョの頭数はわずか5頭、BCキャンプへのキャラバン中に社長は「我々の為に32頭のゾッキョで荷物を運んでいます。高所登山は凄いでしょ。大変なんです」と言っていて、素直に驚き、そりゃ金かかってもしょうがないなーと思っていたが、帰りは5頭?食べた食材とヘリに詰めるだけ積めるだけの荷物は積むけど、「27頭も減る?」と思い、またもやモヤモヤしてくるが、もう笑うしかないって感じである。
BCも殆ど、片付いた頃、蒼い空に、凄い勢いで赤いヘリがやってきて着陸した。
遂にこの場所ともお別れだ。
大量の荷物を積み込んだヘリは、フラフラと重たそうに上昇、最後にもっとたくさんの景色を空から見たいと思っていたが、足下、膝の上、顔の正面も、荷物が満載、日本でも絶対あり得ないような積載方法で、景色は殆ど見えず(笑)唯一、見えるのは短パンTシャツ、リアルな操縦席の絵柄の入れ墨を腕にした欧米人のパイロットだけ。
とても面倒くさそうに片手で飲物を飲みながら、ヘッドフォンにロックな音楽をかけながら、深い谷の中を少しフラつきながらカトマンズへと向かっていった。

ベースキャンプ最終日ベースキャンプ最終日ベースキャンプ最終日

11月3日

回復しない身体と心、感動のトシ

18日目 ベースキャンプ編 4,600m/10月22日
「回復しない身体と心、感動のトシ」
急に寒くなってきたBCのテント内で、あまり眠る事ができず、眠ったり起きたりを繰り返していた。
朝、4時にスタートをするというトシ君の4時ちょうどにストップウォッチをスタートし、足音でも聞こえないかなと思いながら寝袋の奥に入る。
いつものようにテントに陽が当たりだし、外に出てみると社長がBCに立つ曼荼羅のような旗の下でお線香を焚いている。
昨日は一言も喋ってないし、流石に大人げない無いなと思い傍に行ってみる。
懐かしいようなお線香の良い匂いだ。
「ヘリコプターは明日の昼過ぎぐらいに来ます。明日の午前中にはパッキングをして、登山のミーティングをしましょう、昨日、大田さんもC2ぐらいから、少しおかしかったですね」と言われた。
「凄く眠かったので、、、」で答えて会話は終わる。
最後のベースキャンプの日は少し下った場所にあるロッジに行ったり、尾根の反対側にあるアマ・ダブラムのメインベースキャンプに見学に行ってみようとか3人で話していたが、やはり動くのが面倒くさいしやる気が起きない、
結局、一日、テントでゴロゴロして又、昼飯の時間になり大野と原にトシ君が予定通り行けば14時ぐらいに降りてくるので、13時になったら尾根に登り、上で待っとこうと昼飯を食べながら話す。
昼食後、13時になったが、2人とも疲れているのだろう。出てこないので1人で尾根に登り、座り心地の良い石の上に立ち、最後かもしれない景色を眺めながら、トシ君がやってくるであろう尾根を見つめる。
明らかに普通の登山者とは違うスピードの単独行が見える。
時間は間もなく9時間半、トシ君の可能性が高く、テンションがあがってくる。
近づいてくると服は赤く、ミレーの服っぽい!凄い、10時間以内に本当に戻ってきた。
尾根を走って登ろうかと思ったが、息が上がりそうなので、そのまま岩の上で待機、どんどん近づいてくる!間違いない!トシ君だ。
GoProのスイッチを入れ、撮影をする。
小走りでどんどん近づいてくる。目の前までくるとアスリートの顔で「ゴールはあそこなんで!」と言って歩みも止めず走り抜けていく。
ゴールまで後を追いかける。疲れてないのに追いつけない(笑)ゴールで感動を伝えガッチリ握手。
我々が28時間かかった同じ道を9時間30分で降りてきたのだ。
どんなスピードなのか想像すら出来ない。
夕方、BCで一緒に食事をする約束をし一旦、別れる。
18時頃、とても凄い記録を出した疲れもあまり見えない感じで、宿から戻ってきたトシ君を囲み、夕食会を行い、また広島での再開を楽しみに楽しい時間を終えた。

9時間半往復の元気なトシと、まだまだ回復中、ボロボロ大野回復しない身体と心、感動のトシ回復しない身体と心、感動のトシ回復しない身体と心、感動のトシ回復しない身体と心、感動のトシ

11月2日

ベースキャンプ

17日目 ベースキャンプ編 4,600m/10月21日
「身体の異変を感じたBCと再会」
気分も体調も変な感じの中、いつものようにテントで目を覚ます。
昨晩、BCに帰着した時にイライラした感じのまま、誰とも話さずテントに入ったので、テントから出にくい。。。
いつもなら外にすぐトイレに行くのに、テントから出ず小便ボトルで済ます。
まだ、みんな起きていないようだが二度寝もできず、本を読んだりしていると食堂テントが活動を始め、社長やシェルパたちがテントから出てきたようだ。
どうも気まずくテントから出られない、そうこうしていると漸く大陽がテントを照らしだし暖かくなってきた。
テントから外を見ると相変わらず目の前には何度、眺めても飽きないアマ・ダブラムが目の前にある。
「雲一つ無い、最高の天気じゃないか。。。」昨日の苛立ちが少し戻ってくるが、もう今更言ってもしかたない。
テントから出られず、モジモジしていると聞き慣れない流暢な日本語と社長が話しているが聞こえる。
社長に誰かインタビューでも来ているのかなー?とかテント内から聞き耳を立てていたのでが、どうも違うようだ。
あ!もしかして!?っと思いテントから慌てて出ると、そこに山田利行くん事、トシくんが笑顔で立っていた。
テントから出るきっかけを作ってくれてありがとうトシ君(笑)
そこからは、みんなで食堂テントに入り、みんなでワイワイ、広島チームの話や明日からアマ・ダブラム10時間以内往復を目指すトシ君の話しで盛り上がり、朝飯、昼飯、夜飯と全て一緒に食し楽しい時間を過ごす。
我々3人とも、やはり体調はおかしい。
手足全ての指が痺れ、身体は浮腫み、唇は腫れ、なにより動く気がおきない。
やはり私たちがいた高度は人間は居てはいけない高度だったのだろうと初めて感じる事ができた。
明日、4時にアマ・ダブラム往復にスタートするトシ君の検討を祈り19時過ぎに解散。
今日、一日、社長は1度も話し掛けてこなかった。
いつBCを撤収するのか判らなかったがトシくんから「明後日にヘリが迎えにくるらしいですよ」と聞いた。

ベースキャンプベースキャンプベースキャンプ

11月1日

c2からBCへ

16日目 その2 味わった事ないほどの眠気と下山とモヤモヤ/10月20日
「c2からBCへ」
すっきりしない気持ちのままC2から下山開始。
C2からは雪も減り岩壁をトラバース気味の下りが続く、イエロータワーも順調に下山し、各自のペースでBCを目指す。
社長はシェルパにフォローしてもらいながら降りてきているので、広島チームが先行して降りて行く。
心はまだアマダブラムに後ろ髪を引かれる思いだが黙々と降りる。
C1が漸く見えてくると、気が抜けたのか突然、凄い眠気がやってきた。
自分でも「なんだこれは??」と思えるほどの眠気だ。
徹夜明けの授業や試験勉強でも味わった事ない眠気だ。
大田は仕事柄、不規則な睡眠や徹夜に強い方で、社会人になってからは、ここまでの眠気を感じた事がない。
原は相変わらず元気そうだが、同じように大野もツラそうだ。
眠すぎて、セルフを取ったりする事も億劫になってきている。
セルフを取らずに進んだ方が緊張感が増し眠気が無くなるんじゃないかと、良く無い考えが頭に浮かぶ。
前を行く大野はしっかりとセルフをかけ替えながら進んでいるのを見て、良く無い考えを取り消す。
なぜ、このような状態になったのか判らないまま、なんとかC1を通過しハイキャンプを目指す。
ハイキャンプに到着した頃から暗くなってきた。
その頃から、またモヤモヤが蘇ってくる。
疲れから心に思っていた事を皆に聞こえるように喋りながら歩いていたようだ。
凄くイライラしていた。
20時頃、BCキャンプ着に直ぐにテントに引きこもった。
原が「うどんが出来ているので食べましょう!」とテントの外から言ってきたのだが「いらない、、、今、誰とも話したくない。。。」と答えてしまった。
なんで、こんなに苛ついてるのだろうかと自分でも不思議だった。
体調も悪い、熱を測ると38.5℃だった。
何もしたくないし、誰とも話したくない。。。変な気持ちのまま眠りについた。

c2からBCへc2からBCへc2からBCへc2からBCへc2からBCへc2からBCへ

10月30日(2)

「ピーク6,856からc2へ」

16日目 その1 いろいろ思う/10月20日
「c2からBCへ」
殆ど、眠る事ができず明るくなってきた6時頃、テントから出て岩壁に座る。
大野と原はよく眠っているし、シェルパテントも、どこかわからないが動きはない、見える限り、一つ一つの山に神様がいそうな山脈が蒼い空の下に並ぶ。
振り向けば、アマダブラムが目の前にそびえ立っている。
いろいろな思いが頭を過る。
「あと30分ぐらいで山頂だったのにナゼ登らなかったのか」「あの酸素があれば大野は大丈夫だったのでは?」「C3を使えば余裕だったはず」「高度順応が時間がもう少しあれば」「ここで、もう一泊して、また夜、山頂を目指した方がいいのでは」
ゴミだらけの異臭のするC2で物思いにふける。
目の前の岩に鳥が何度もやって来る。
標高6000mでも、鳥は余裕なんだなあと考えを変え自分を誤魔化したりする。
考えれば考えるほど、心がザワつきイライラしてきている。
これもレジェンドが言ってた「高所では意味も無くイライラする」なのか?違う気がする。
自分たちでちゃんと考え、自分たちのペースでやれば全員が登攀ができたのではないかという想いが強くなる。
28時間行動の後だが身体は、まだまだ元気だし夜まで休む事ができれば、全然いけそうだ。
ピークに行きたいという気力も残っている。

たくさんの山仲間の顔も浮かぶ、
あと少しの処で降りた事が正しかったのか、何度も考えてしまう。
簡単には「しかたない」とは思えなかった。
そのまま2時間ぐらい、座っているとシェルパも起きお湯を沸かせてティーを出してくれた。
大野と原も起きてきたので原の登頂の話しを聞き素直に原だけでもピークを踏んでくれて本当に良かったと思い、少し心が落ち着く。
大野も元気ではないが会話もでき動けているので安心する。
暫くして登頂を果たした社長が起きてきた。
すぐに「ここで休んで、もう1度アタックのするのはどう?」って聞くと即返答で「天気が。。。」と帰って来た。
我々は日本から得た情報であと数日は天気が安定する事を知っている。
一旦、落ち着いた心がまたモヤモヤとしてきた。

「ピーク6,856からc2へ」「ピーク6,856からc2へ」「ピーク6,856からc2へ」「ピーク6,856からc2へ」

10月30日(1)

「ピーク6,856からc2へ」

15日目 その4 暗闇撤退編/10月19日
「ピーク6,856からc2へ」
撤退を決意し下り始めようとすると、大野の後にいた笑顔のシェルパミンマが「上に行こう!」とジェスチャーしてくる。
「大野を連れて降りる!」とジャスチャー返し、笑顔のミンマは「オレは行ってくる!」という感じのジャスチャーをしてピークに向かっていった。
このあたりから、大田の記憶もハッキリしない部分がある。
大野に「降りるで!」と大きな声で言うと僅かに頷くような反応、フィックスロープに下降器をセットし2人で高度を下げ始める。
大田はこの時、ユマールをフィックスロープに取り付けたまま忘れて降りていた(シェルパが下山時に回収してくれ後で渡してくれた)後から登ってきていたフランス人っぽい女性とインド系のオジさんにも進路を譲る。
この2人以外に登ってきた登山者はいなかったと思う。
そこから記憶が暫く曖昧なのだが、キャンプ3の少し上あたりで、日は落ち真っ暗になった。
その頃には、レジェンドシェルパの2人も酸素社長も原もピークから降りてきて合流、私が先頭で暗闇の中、下降器で降りて行きC3の平坦な雪面で待つ、社長が単独で下降できないのでレジェンドがフォローに入るので、下山のペースもかなり遅れる。
少し雪も降ってきていている。
標高もなかなか下げる事ができず、正直、心の中では、これは遭難に近いなあーと思っていた。
c3の台地で中々、降りてこない後続を待つ。
ヘッデンの電池も勿体ないし、スイッチを切り背中を向け待っていると、上から「どこだぁー」みたいな事を叫んでいるので、時々、ヘッデンのスイッチを入れて居場所を教える。
c3の台地で全員が集合、「c2は泊まるテントがないのでc1まで」とか「c2で集合」とか情報が錯綜し曖昧だ。
「これはヤバイ」と思って、広島チームだけでも安全に降りようと心を切り替え、大野、原と逸れないように気をつけて降りて行こうと話すが、その後、原を直ぐに見失う。
大野は、ほぼ意識朦朧、笑顔のシェルパ、ミンマにほぼ吊り下げられるような感じで、高度を下げて行っている。
私がその後について、ロープのフォローをしたりキンクを直したりしながら着いていく。
何度、下降したかも、もうわからない。ATCを何処かでなくした大野にATCを貸した為、大田はムンターでずっと降りるが、ロープが張り気味の多く、手間取ったりしてイライラする。
漸く、C2の灯りが見えた頃、登ってくる登山者渋滞にハマり、前を行く大野とシェルパとも逸れてしまい1人になってしまった。
時計は見なかったが、登ってくる人が出てきたという事は、もう深夜の12時前後なはず、もう24時間近く行動している事になる。
それでも、C2はまだだ、、、その後、さらに渋滞にハマり、大田は岩壁にセルフをとり長い待機が続く。
半分、眠り変えていると急に肩を叩かれ、目の前にチョコレートがスペイン人登山者が包みまで空けてくれて、口の中に入れてくれて、包みは私のザックのチャックを少し空け入れて上に登っていった。
人種を問わず山を登る者は皆、友だちだなあーとなんか可笑しくなって元気が少し復活。
その後も、何度か渋滞にハマりながら、午前3時過ぎにC2に到着するが、先に進んだメンバーが何処のテントにいるかわからないし、真夜中だ。
もしかしてC1まで進んでいるのだろうか?と不安になりながら、何度か「マサキー(大野)シュンー」と叫んでみると日本語の返事が少し先から聞こえ、ヘッデンの光りがこっちを照らす。
大野が呼んでいる。
午前3時半ごろ、漸く行動終了、テントのど真ん中で原が眠っていた。
漸くアイゼンを外しテントに入っても、なかなか眠る事ができなかった。

「ピーク6,856からc2へ」

10月29日(3)

まもなく成田を飛び立ちまーす
次は広島です!

航空機内

10月29日(2)

在ネパール総領事

昨日、ひょんな事から、在ネパール総領事を訪問させていただき菊田大使とお話しさせて頂きました。
汚い格好で申し訳ございませんでしたが、ネパールで久しぶりにNipponを感じました。
佐藤さんもありがとうございました!

10月29日(1)

アマ・ダブラム

15日目その3 遭難遭遇、そして登頂と撤退編/10月19日
「アタック開始!C2 6,100mからピーク6,856へ」
かなり遠くなったレジェンドを追うも、なかなか追いつけない。
原を先頭にして登っていく。
大田は原のペースにはついていけないが、少しずつレジェンドも近づいてくる。
気づけば、大きなセラックの横まで来ていた。
多分、何十年も前から、そこにあり続ける巨大なセラックだ。
アマダムナムを遠くから見ても山頂直下に見える。
そのあたりから、上方を進むレジェンドや他のチームが停まったままだ。
最初は待ってくれているのかと思っていたのだが、どうやら事故があったようだ。
レジェンドニマさんが事故の対応をしているようだ。
進むか待機するか迷ったが、とりあえず動きがわからないのて、上方に注意しながら登っていく。
途中、二つぐらい、手袋かなにか雪面を滑り落ちてきた。
その後、暫くして全く動かない、多分、欧米人がロープに確保されながら、雪面を降ってきた。
意識はなく顔から包まれていて、固定された足のミレーのブーツが鮮明に目に焼き付き恐怖を感じた。
滑落はしてないと思うので高山病からの何かしらの出来事が起こったのだと思う。
支点箇所で、場所を入れ替わり我々は上を目指す。
レジェンドシェルパ、社長、原、大田、大野、陽気なシェルパを最後尾に進んで行く。
もう頂上の稜線は見えているが、少し前から気になっている事が2つ、「時間」と「大野」だ。
時間は14時近くになっている。
出発前にタイムアウトの時間は聞いていない。
このまま、山頂まで行き戻り始めると、確実に日は落ちるだろう、大丈夫なのか⁉︎という不安。
そして、少し前から動いてはいるが、話しかけても、何も反応がない大野。
2つの心配を思いながら、稜線まで辿り着いた感じのある原を目指し高度を少しあげていく。
振り向くとシェルパに励まされながら、大野も来ているようであるが目も合わないし、止まっている時間が長い、ユマールの付け替えも上手くできなくて止まっている。
心配になり声をかけても反応がない。少し降りて顔を覗き込むと目を閉じて眠っているではないか…、この瞬間、「もうダメだ」とても大野と一緒にピークまで行くのは無理だなと感じた。
上を見ると稜線で原がこちらを見ながら待っている。
笑顔のシェルパ、ミンマに任せて稜線まで原の処まで行こうかどうか一瞬迷ったが、6700メートルで眠っている大野を置いて行く事は、やはりできなかった。
「もう時間じゃ!降りよう!」と少し大きめの声で大野に声を掛けるが、その声にも大野は、反応しなかった。
高度計を見ると山頂まで100メートルを切っていたが、後悔はない。
正しい判断だと言い聞かせて、あと2ピッチ程度の山頂を見ながら、原が登頂してくれたと願い、下山を開始した。

アマ・ダブラムアマ・ダブラム

10月28日

「アタック開始!C2 6,100mからピーク6,856へ」

15日目 その2 出発編/10月19日
「アタック開始!C2 6,100mからピーク6,856へ」
時間は刻々と過ぎて行くが、まだ準備は終わらないようだ。アイゼンを着け直したりしている。
本気で先に行ってしまおうかと思ったが、ヘッデンのスイッチも切り、地面を見て堪える。
2時前後に漸く出発、「行きましょうー」とこちらを見るエージェント社長の顔には、カッコいいマスクみたいなのが付いている、思わず「何それ?」と聞くと「酸素」と返答があった。
お客さん扱いはされたくない広島チームだが、その一本しかない酸素は、我々、広島チームに何かあった時の為に、ここまで運んできたわけじゃなかったのね……
もう怒りも起きず、呆れてしまった…何日も前から少しづつ思っていた事が決定的になったなと確信した瞬間でもあった。
この山行の1番の目的は「エージェント若社長を安全確実にピークに連れて行き山頂でカッコいい写真と動画を撮る事」それが1番の目的なんだろう。
こう考えると、キャラバンからの色々な出来事が合致して納得した。
それならそうで切り替えて、我々は我々だけで頑張るしかない。
広島チームだけの安全は守らないといけないと思いながら、なにかやるせない気持ちでの出発となった。
c2からは、登攀要素の多い壁が連続してきた。
暗闇での登攀となるがフィックスもあるし怖さはない。
早く明るくならないかなーと思いながら、連続する壁を越えていく。
多分、気温はマイナス10度以下だと思うが、寒さは感じない。
分厚い手袋でのユマールの操作はイライラするが仕方ない。
先頭は社長、私と続き登っていく。
アイゼンでの歩きには慣れていないと思うので、スリップして顔や手を怪我したくないので、少し距離を置きながら進んでいく。
岩には氷の壁も時々あり、久々のアイスクライミングの感じも足先だけ楽しみながら進む。
相変わらず息は苦しいが、体力的には、まだ余裕がある感じだ。
少しづつ少しづつ高度をあげていく。いつの間にか夜は空けてきて、見上げればピークのある稜線が見えている。
岩壁は減ってきて、雪壁地帯となってくる。
先頭のシェルパと社長は、いつの間にか、だいぶ先を歩いている。
離されまいと思うが、連続して歩く事ができない。
これが酸素有りと無酸素の差なのか⁉︎
フィックスロープの継ぎ目でユマール交換をする作業だけで暫くの間、呼吸が乱れ歩く事ができない。
後ろから若者2人が来ているので、頑張らないといけないと思うのだが、体力より息が続かない。
足元にはトレースもあるが、日本の雪と違い、トレースは簡単に崩れてしまう。
乾燥しているから、日本のように固まらないという事だ。
場所によっては、トレースを外して歩いた方が楽だと感じた。
酸素社長とレジェンドシェルパは、いつの間にか、はるか先へと行っていた。

「アタック開始!C2 6,100mからピーク6,856へ」「アタック開始!C2 6,100mからピーク6,856へ」

10月27日(2)

6,100m2からピーク6,856へ

15日目 その1 出発前編/10月19日
「アタック開始!C2 6,100m2からピーク6,856へ」
6,000メートルを超えたc2での睡眠は不思議な感じだった。
若い2人は判らないが、半分寝てるような寝てないような状況は続き、寝ながら軽い頭痛と軽い吐き気を感じるなあーと夢の中にいるように感じながら起床時間の深夜0時を迎える。
19時半頃、寝たような気がするので4時間ぐらいの仮眠だ。
3人とも起きた瞬間に「頭、痛いなー」と意見が一致。
全員がロキソニンを服用。私はこれで回復。
私はマジックライスと永谷園のお茶漬けで、ささっと朝食を済まし暗闇のテント外へ出る。
もう、出発を始めている隊もあるようだ。
ここからはアイゼンも装着、ベースキャンプで研いだアイゼンで狭い場所に並ぶテントを踏まないように気をつけなければならない。
若手2人も準備が終わり出発を待つ。
出発時間の深夜1時を少し過ぎているが、シェルパたちは、まだ今回、一緒に登っているエージェントの若社長のお世話をしている。
お湯を沸かしたりしていて、一向に出発できる気配でもない。
BCを出発前にレジェンドシェルパ、ニマさんが「高地では訳もなくイライラしたりする事があるが怒ったりしないように」と言っていたのを思い出しながら心の中で「外人アルアル外人アルアル郷に従え」と思いながら臭くて狭い岩場にちょこんと座りじっと待つ。
時がどんどん過ぎて行くが我慢して、観察していると、若社長は顔に酸素マスクを付け、子どものように大人しく腰掛け、両足のアイゼンをシェルパに履かさせてもらっている……
アイゼンも自分で履けない奴とオレは一緒に、こんな高い場所に来ているのかと考えると、情けなさと怒りが両方込み上げてきたが我慢。
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「お前何しよんや!」と噛み殺した声で呟き堪える。
ここで揉めてはいけないという想いの方が強かった。

C2 6,100m2からピーク6,856へC2 6,100m2からピーク6,856へC2 6,100m2からピーク6,856へC2 6,100m2からピーク6,856へC2 6,100m2からピーク6,856へC2 6,100m2からピーク6,856へC2 6,100m2からピーク6,856へ

10月27日(1)

ハイキャンプからC2 6,100mへ

14日目/10月18日
「アタック開始!ハイキャンプからC2 6,100mへ」
いよいよ、ここから岩場へと姿を変えてくる。6時半頃出発。
もう近いと思っていたc1までも意外と遠く、苦しい息をしながら登っていく。蒼い空に向かい尾根を登り切ると漸くc1に到着。
少し拓けている場所にはテントが上手に張ってある。
c1を超えると、殆ど岩陵帯となってきて、緊張感は増すが息苦しい中を黙々と歩くよりは楽しい。
セルフを赤いフィックスロープにとりながら、慎重に進む。
少しでも息が乱れたり、何かの作業をすると、しばらく息が整わない。
トラバース系が多い岩場を超えるとイエロータワー、何かの資料にグレード5.9となっている。
フィックスロープあるし、見た目もそんなに難しくない。
レジェンドが先に登り、上からサブロープで引き上げてくれるみたいだ。
そんなサブロープはなくても登れるけどなと思いながら、大田の順番がくる。
サブロープはザックの上のグラブループに掛ける。
ソールの硬い冬用の靴ということもあるが、登り始めると難しい。
スルスルと登ってみようと思っていたのだが、「空気」が足らないのだ…
垂壁の壁を登ろうとしたら、どうしても難しいタイミングの時に息を止めてしまう。
その度に「空気不足」で息があがってしまい呼吸が戻らず、何度も息を整える時間を作らないと登れないし、ザックのグラブループにかけたロープを上から引っ張るので、岩に押し付けられるような感じになり、イライラする。
思わず「これ邪魔だー!」と叫んでしまう。
日本語で(笑)その後、なんとかザックから外しビレイループに掛け替える。
その後は息絶え絶えながら登る事ができた。
上でセルフを取り、次にあがってくる、クライミングが得意な大野を見ていたが、やはり同じように息絶え絶えになって苦労していた。
恐るべし6000メートルである。
このイエロータワーを超え、雪と岩の細い稜線を行くと、そこがc2だった。
よくもこんなところに、テントを張ったなと思うような、絶壁沿いである。
歩く場所も殆どなく、トイレに行く時が1番危なそうだ。誰にも知られず滑落しないように気をつけなくてはならない。
そして、c2はゴミだらけで臭いも中々だ…
指定されたテントに入りサタケのマジックライスを食べてすぐに休息とした。
景色は絶景なのだが、ゴミは凄いc2であった。

ハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへハイキャンプからC2 6,100mへ

10月25日(2)

ハイキャンプ

13日目/10月17日
「アタック開始!ハイキャンプへ」
10時に安全登山の儀式を行う。
内心、「もう行くのか⁉︎」「高度順応はできているのか?」と不安を感じながら蒼い空に真っ白なお米を投げる。
すぐそばに見えるアマダブラムは変わらず美しい。
不安の中、さあ出発となった時に、トラブル発生で結局、11時半頃にBCを出発。
今日はハイキャンプまで行くだけなので、焦る必要もない。
最初は並んで歩いていたが、高度順応で一度歩いた道なので、それぞれが自分のペースで進む。
大田は昨日の休養の効果は全く感じず、相変わらず苦しい。
原がどんどん先行し、大野、大田と大きく間を空けて進んでいく。
荷物も、それぞれ20キロ前後あり辛い…。
普段の装備なら、ここまで重量が増える事はないのだが、出発前の業者との打ち合わせ不足でキャンプで使うような化繊の重たい巨大な寝袋を運ぶ事になり、その分、パッキングもデカくなる。
原より1時間近く遅れて、c1より200ぐらい下部のハイキャンプへ到着。
今日はここまでだが、時間もあるし高度順応も兼ねて、アイゼンやギアなどのデポできる物だけ持って、c1手前まで登りハイキャンプへ戻り、サタケさんから頂いたマジックライスで夕食。
寒さも高度もあまり変わらない感じでよく眠れたかな。

ハイキャンプハイキャンプハイキャンプ

10月25日(1)

BCとアマダブナム

12日目/10月16日<br /
「休養日」<br /
今日は、初めての休養日、明日から、いよいよBCを離れアタック体制に入る。
大野は明日から一緒にアタックする為の身体チェックで9時半ごろ、1人でハイキャンプ付近までめざす。
大田、原はレジェンドに装備のチェックをしてもらったりハイキャンプでの食糧を分けたり準備をする。
時々、大野と無線更新をしながら、のんびり過ごす。
装備について、いろいろ不安があったが、これで安心した。
昼は、外で景色を見ながらランチ。食べ終わった頃、大野も元気に降りてきた。
明日から一緒に行けそうだ、本当に良かった。
原は相変わらず元気。大田も調子がいいが、むくみからか、前から気になっていた瞼の裏の異物が痛い。
涙が凄い出る。目薬刺しても変わらず。
いよいよ、明日スタートをすれば頂上に行くしかない。
今シーズン、まだアマダムナムの山頂は踏まれていない。
当然、トレースもない。同時期に何隊か登ると思うので、どうなるかわからないが、楽しみと同時にc2以降のそそり立つ絶壁と雪壁をどうやって登って行くのか、3日間眺めていても不安だ。
でも行くしかない。
もう一つの不安は、まあまあ荷物が重い。
昨日、軽荷でもしんどかったのにc2まて行けるんだろうか…いろいろな不安も残るけど、明日が楽しみだ。
大野も少し咳をしているが、表情は明るく大丈夫そうだ。
それぞれが明日に向け、のんびりしているようで、パッキングに余念がない。

BCBCBCBC

10月24日(2)

夕暮れのBCとアマダブナム

11日目/10月15日
朝、大野が熱を測ると39.2°、パルスオキシメーターも60台…すぐに解熱剤を飲んでテントで休ませる。
回復を祈るのみである。
朝食を済ませ、簡単に安全登山のお祈りをして出発。
今日の予定は、C1までの往復。デポする荷物も少し運ぶ。
隊長には大野に付き添ってもらう。
ウダヤさんと原と大田だけになり、急に寂しくなる。大野に元気になってほしい。
BCからすぐの尾根を登り、ダラダラとした登りの尾根をひたすら登る。
登るのだろうと思っていた尾根は違っていて、2度ほどトラバースし大きな尾根にとりつく。
少し雪も出てきたがルート上には殆どなく問題ない。
5000メートルを超え、どんどん高度をあげていく。少しでもペースを速めると息が苦しい。
あの時よりはマシ、まだ全然行けると自分を励まして呼吸をなるべく乱さないように、登っていく。
c1は5650メートルぐらい。
ダラダラと登る長大な尾根はとても疲れる。
絶景が唯一の心の支えだ。
原はまだまだ元気そうだが、大田はまあまあ疲れていたが、まだ行けると思っていた頃、滅多に笑顔を見せないレジェンドシェルパのニマさんが、今日はここまでにしようと5450メートルぐらいのところで、荷物をデポ、最後の坂を登ったところにc1のテントが見えていたので、内心、行ってしまいたかったがレジェンドの言うことは聞いた方がいい。
高度順応の為、30分ほどダラダラ休憩して下山開始。
休憩中、明日からの行程の話になる。
明日、またここまで登ってきて、c1に一泊、翌日c2より少し上で泊、翌日、山頂アタックをする。
正直、「え?もう?」と思ったのと回復に努めている大野が間に合わない可能性が高い。
天気もしばらく持ちそうなのにである。モヤモヤしながら下り始める。
調子に乗ると息が苦しくなる。
30分程下ったところで、休憩、やっぱり言おうと思い、大野の為に1〜2日の休息日を作ってほしいとウダヤさんに話すとレジェンドと相談すると行く事になり、とりあえず下山を続ける。
暫くして隊長から無線が入る。
大野と一緒に5000メートルぐらいの尾根まで登ってきているようだ。
だいぶ回復したみたいだ。本当に良かったがまだまだ本調子ではない。
BCに戻り、遅めの昼食を終え、夕食までアイゼンを研いだり、ハイキャンプに持っていく荷物の整備をする。
絶景の中、イヤホンで音楽を聴きながらのアイゼン研ぎは楽しかった。
余りお腹は空いてなかったが、もう夕食。
夕食の最初に、明日から行程が発表。
明日は大田、原は休養日、大野は5000メートル以上まで登ってみて、自身の調子を正直に話してほしい。
オッケーなら翌日、みんなでアタックへ向けて登攀すると言うことになった。
1日、延ばす事ができて本当に良かった。
後は大野の回復力を信じるのみ。
毎日、美味しい日本食を作ってくれる名前の難しい日本人みたいなコックさんに感謝しながら、夕食をおえ、各自、テントで休憩。
外には満天の星空が出ていると思うのだが、寒くて見に行く気に気にならず…明日は休養日だ。
ゆっくり身体を休めると共に大野の回復を祈る。
昨日の夜は隣のテントの大野はかなり咳き込んでいたが、今日は聞こえない変わりにボトルにオシッコをする音が今聞こえた(笑)3人で登りたい。

シェルパ持ちをやってみる。首が折れそう(笑)尾根の先のアマダブナムエーデルワイス?初めて見た。歌ってたけど下り?5000m越え粥

10月24日(1)

10月14日ベースキャンプ

10日目/10月14日 晴
ベースキャンプ用荷物の関係で何度も予定が、変わりましたが笑顔のシェルパ、ミンマのおかげで荷物が予定より早くなりベースキャンプに向かう事ができることになりました。
空は快晴、目の前には登攀ラインが見えるほどのデッカいアマダムナムにエベレストを背後に背負うローツェが見える。
しばらく進み、いよいよ人気のトレッキングルートから外れ、すれ違う人も少なくなる。
我々の少し前には34頭のゾッキョが荷物を運んでいる。
4人の登山者の為に34頭である。
恐るべしヒマラヤ登山、、、ら申し訳ない気持ちになるがこれも経験。
そして、坂を登るとテントが見えた。遂に待ち望んでいたベースキャンプに到達。
予想外に大量のテントが無数に建っている。
プラレタリュウムのような、大きなテントまで…テントの数の割には登山者はあまり見当たらない。
これからくる隊の為に事前に用意しているのだろう。
しかし、4500メートルの高地に凄い光景だ。
屋台でもありそうな雰囲気だったが、さすがに、それはなかった。
ここで少しトラブル。34頭のゾッキョが運んだはずの、我々のテントがない。
探してくるから、ここで待っていて言われて待っていたのだが、1時間待っても戻って来ない。
のんびりしていたが風も少しあり寒い。
我慢できなくなり動きだしたころ、漸く現れた。
連絡ミスで、我々のベースは100メートルほど上の場所だった。
結果的にこちらは、まだ我々しかおらず、欧米人のうるさい音楽もなく、歩いて5分の処に湧水まであり、景色は最高の場所だった。
名前が難しい、日本人のようなコックさんから、すぐに温かいティーをいただき、漸く腰を落ち着けあた。
夜はこの山行で初めての満天の星空に感動するが寒くてすぐにテントに戻り、贅沢すぎる暖かい寝袋に入って10日目を終えた。
大野の体調が悪く心配だ。
元々、口数は少ないが、喋るのもしんどそうだ。早く治ってほしい。

10月14日ベースキャンプ10月14日ベースキャンプ10月14日ベースキャンプ10月14日ベースキャンプ10月14日ベースキャンプ10月14日ベースキャンプ

10月23日

アマダブラム

「通信圏内に戻ってきました」
取り急ぎのご報告ですが、先程、カトマンズに戻ってきました。
アマダブナムのご報告は、随時、10日目よりご報告させて頂きますが、数日前、原が登頂、大田、大野は山頂まであと少し、6750メートルを超えたあたりでタイプアップ、その後、深夜の下山となり27時間行動のあと仮眠しペースキャンプに20時頃戻りました。
先程、漸くカトマンズ入りに、今、久しぶりのお風呂に入ってます。
初めての高所登山、初めての海外、いろいろな事がありました。
随時、報告していきたいと思います。
取り急ぎ、無事下山の報告でした。
全身、ズタボロですねー。
恐るべし6000メートル以上です。

アマダブラムアマダブラム

10月14日

パンポジェ

今日は、BC手前の最後の村まで高度順応をしながら進むことになりました。
通信状況も、だんだん悪くなってきているので、今日か明日が最後の更新になるかもしれません。
今日も朝から絶景です!
四方の写真を送りまーす!

パンポジェパンポジェパンポジェパンポジェパンポジェパンポジェ

10月13日

アマダムナム

9日目 ディブチェ〜パンポジェ
天気 晴れ、16時頃より少し曇、1日絶景でした!
標高 4000
気温 日中は暑かった、夕方からは寒い
体調 大野、喉の痛み
食欲 全員旺盛
最大酸素摂取量 大田94
朝から素晴らしい絶景が広がっている。
5時前には隊長が大興奮で部屋にやってきて、赤く燃えるテンカンポチェを教えてくれた。
外に出ると四方に絶景。すぐ側の山のピークは、昨日にはなかった雪が付いている。新しい雪が降ったのだろう。
アマダムナムの最後の雪壁にも新たな雪が降ったのだろうと考えると少し緊張した。
8時から朝食をとり9時ちょうどに出発。今日は高度順応も考え90分の短い行程。
よく整備されたルートを、山々に心奪われながら、ゆっくりと進む。
すぐにカメラを向けるので、なかなか進まない中、90分でパンポチェに到着。
だんだん悪くなっていくだろうと考えていた宿泊環境でしたが、今までで1番、気持ちの良い感じの部屋とベットで驚く。
窓からは当然、神がいそうな山が見える。
いつもの様にティーを飲み、あんまりお腹も空いてないけど、昼には昼食、14時からは高度順応の為のトレッキングを往復で60分ほど行う。
大野が昨日ぐらいから、頭痛と喉の痛みがあったが、頭痛は治り喉の痛みだけが残っているようだ。
トレッキング中も何処を見ても、凄い景色。アマダブナムの登攀ラインもよく見え心踊る。
隊長以外は一歩毎に、過去最高標高の経験だ。まだ4000メートルだが、早く歩いたり、急いで作業するだけでも、やはり息苦し、不思議な感覚だ。
戻ってからは、共同水場のような場所で激冷の水で久しぶりに頭を流す。横では子どもたちが、衣服を岩の台の上で擦り、洗濯をしている。
小学生ぐらいの女の子だ。
ヒマラヤの水の洗礼も終わり、またホテルでのんびり高度順応。
明日も一日、高度順応DAYになりそうです。
明日は、カトマンズで別れた山田トシ君もやってきます。
しかも偶然同じホテル。御在所で出会い、カトマンズで出会い、ヒマラヤの小さな村で出会うって凄いですよねー。
高度順応が終わっているトシくんとは別で我々、広島隊は、まだ無理をせず身体を慣らして行きたいと思います。
さあ、そろそろ夕食、自分でもびっくりするぐらい、よく食べれてます!
ps 明日の予定が変わり、ベースキャンプ手前の小さな村まで3時間ほど進む事になりました。

ディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェディブチェ〜パンポジェ

10月12日

シャンボチェ〜ディブチェ

8日目 シャンボチェ〜ディブチェ
天気 朝から一日雨、夕方に少し青空が見え初めてヒマラヤと対面
標高 3750ぐらい
気温 寒い 8度ぐらいかな
体調 大野に頭痛と喉の痛み
食欲 全員旺盛
最大酸素摂取量 大田90
一日中、雨
8時前に出発、止んだと思った雨はすぐに降り始める。
晴れていたら素晴らしい景色だろうと思う深い谷の上をトラバースしていく。
せっかく登った高度を谷底まで降っていく。
雨とガスで辛いが、村の犬たちが、ずっと着いてきてくれて癒してくれる。
谷底の店で少し休憩後、タンポチエ寺院まで、長い登り。
ここもしんどかったけど黙々と進む、ピークで昼休憩をとり、そこから30分程で今日の宿に着いた。
雨の中、景色も殆ど見えず、癒しは、ずっと着いてくる犬に話しかけるぐらい。
宿は外観はとても立派だが、進むにつれ電波環境も悪くなり、今日の宿は有料Wi-Fi、お金を払ったが、最初だけで、今は繋がらない。
布団も薄ーい布団でとても寒い。
寝袋の方が快適だろう。
充電も部屋ではできないし、そろそろ更新もできなくなりそうです。
明日からは、隊員の様子を見ながら、高度順応をしていく感じになると思います

シャンボチェシャンボチェシャンボチェ〜ディブチェシャンボチェ〜ディブチェシャンボチェ〜ディブチェ

10月11日

ナムチェバザール

7日目 モンジョ〜シャンボチェ
天気 曇りガス、行動中は雨降らず、今は雨
標高 3800 過去最高高度!
気温 17時半で8.8度まだ薄着だが寒くなってきた。
体調 みんな異常なし
食欲 全員旺盛
最大酸素摂取量 大田91 吉村88 大野90 原91
昨日は遅い時間まで歩き、深夜に消灯。
今日は8時から朝食、9時30分頃ゆっくり出発。
一日、雨を予想していたが、濡れずに行動する事ができた。
初めての明るいトレキッングルートは、良く整備されていて、大きな糞にさえ気をつければ、高速道路並みである。
ガスがかかっていて、景色は少なめだったが、見た事ないほどの落差の滝が、何度も現れる。
楽しみにしていた、よくテレビで見る布が風にはためく吊り橋は、想像していたのと違い、ワイヤーと金網と立派な足場でできた安心安全の吊り橋だった。
僕のイメージは、相当昔のテレビだっただろう。
橋を渡ってからは、ナムチエバザールまで登りが続く。
登りに飽きてきた頃、ナムチェの街が見える。
こんな山奥の法面の様な処に、色合いが鮮やかな建物が無数に並んでいる。
街の中の道も当然、急な階段ばかりだが、見える景色が楽しい。
ちょうどお昼時なので、お店に入り、ゆっくり昼食、ガスが出てくる中、今日の目的地、シャンボチェを目指す。
ここまでも急坂が続き、しんどかったが思ったより早めにホテルに到着。
今現在も、ティーを何倍も飲みながら夕食待ち。
久しぶりに落ち着いた心でゆっくりしているような気がする。
天気が良ければ、エベレストが見えるかもしれないが、残念ながらガスガス。
明日の天気予報もあまり良くないが、ベースキャンプに入る頃には良くなるよ予報なので、全然オッケー!
明日は、ディーチェを目指します。

道のラバ荷運びのゾッキョ吊り橋吊り橋滝犬

10月10日

モンジョ

6日目 ルクラ〜モンジョ
天気 小雨から中雨
標高 2835
気温 測ってないけど、肌寒い
体調 みんな良し
食欲 大田、大野 旺盛
最大酸素摂取量 92 みんな90以上
待機4日目の1450に漸くラメチャップ空港から脱出する事ができた。
といっても結局、飛行機は飛ばず、ヘリコプターでの脱出となった。
昨晩のホテルで、残りの日数を考え、大金が掛かるがやむを得ないという決断となった。
皆様から頂いた支援金の多くを使う事になってしまったが、皆の支援がなければ、この決断はできず、また今日も脱出する事はできなかったと思う。
本当に感謝申し上げます。
現在、現地時間、0440、明日の為、眠らないといけないので手短になって申し訳ないのですが、ルクラ空港も天候が悪く、本日のヘリでさえ着陸できない中、ウダヤさんの親戚がパイロットの為、頑張ってルクラに着陸してもらった。
1530ルクラ着、第二便でのシェルパや荷物を待ち落ち着くと、日没間近になっていたが1720ルクラを出発、すぐに日は落ちヘッデン山行、しかも雨も降ったり止んだりだったが、少しでも先に進んでおきたい。
約5時間を歩き、現在、モンジョに到達した。
暗い中で歩きで、殆ど景色は見えないが、一定の間隔毎ネパールらしいお店が立ち並ぶ。
目に入るもの全てが新鮮だ。
明日の天気予報も良くない、
雨の中のキャラバンになると思いますが、高度順応しながらゆっくり進みたいと思います。

モンジョモンジョ

10月9日

ラメチャップ空港

5日目 今日も飛行機飛ばず…
現在地 ラメチャップの近くのホテル
天気 朝から晴天
標高 560
気温 31度以上
体調 良し ここ数年で1番の食欲
朝、5時前に空港着、昨日までと違い、動きがある。
初めてチェックインに進み、3日目で初めてボーイングチケットを手にした!もうワクワクである。
それから、トントン拍子に、荷物預けと手荷物チェック、まさかのタバコとライターはダメと言われたが、それ以上に進展があった事が嬉しい。
3日目にして初めて、搭乗待合室に入れた!空は青いし、周りの皆んなも明るい笑顔。
しかし、しかし、そこまでだった。
飛行機は全く動こうとしない。そのまま時間だけが過ぎていく。
もう待機慣れした我々は、それぞれ落ち着く場所を探し、淡い期待をしながら、時間を潰す。
私は大量のダンポールを見つけ、敷布と枕を作り横になっていると、いつのまにか昼前、目を開けると始発に飛ぶはずの待機4日目のオッチャンが同じように座っている。
まだ一便も飛んでない。心の中はもう、諦めモードだが、待合室が少しざわつく声がするたびに、身体をお越し滑走路を見るが、何も変わらない。
多分、何十カ国もの、いろいろな人種の皆んなが同じ思いである。
「とにかく飛んでくれー」って思っている。ざわつくたびに、目が合った外人と、ダメなのかーっと苦笑し合う。
そして、1530頃、今日は飛ばないと発表があり、漸く入手したチケットを返却、大量の荷物も回収し、もう我が家のようになったラブホテル風ホテルに戻ってきた。
明日、飛行機が飛ばなければ重大な決断をしなくてはならない。
明日こそ明日こそ飛んでほしい。
神頼みは好きじゃないが、ネパールの神様が誰なのか、よく分かりませんが、よろしくお願いします
大田

10月8日

ラメチャップ空港

4日目 今日も飛行機飛ばず…
現在地 ラメチャップの近くのホテル
天気 朝から晴天、昼過ぎ少し雨
標高 560
気温 31度 暑い
体調 良し 少し喉痛い
昨日の同じホテルに戻ってきました。
朝から晴天、6時前には空港着、朝から欧米人を中心に多くの登山者とハイカーが期待に胸を膨らませ集まってきている。
昨日、知り合った日本人の2人とも合流し朝の挨拶。
そのうちの1人は、始発予定、新しいチケットを持ち、待合い室に入っていく。
そこから、数時間、飛行機に動きはない…
一度、待合室から歓声が聞こえ、たくさんの人たちが滑走路へ出てきて、飛行機の前で記念写真をとって、それぞれの機内へ嬉しそうに入っていく。
多分、2日前からの人たちだ。
こっちも嬉しくなり「どんどん飛んでけー」と思いながら見送るが待てども待てども、飛行機は飛ばない…
30分ぐらいして、今度は暗い顔で出てきて、また待合室に戻っていった。
今日のハイライトはそれだけ。我々も16時半まで粘ったが、今日は一便も飛行機は飛びませんでした。
さすがヒマラヤ、簡単には行かせてもらえない。
明日は始発予定で4時半に空港に向かいます。
明日こそはルクラへ行きたい。
山の中に早く入りたい。
日向ぼっこは、もう飽きたー

10月7日

ラメチャップ空港

3日目 飛行機飛ばず
現在地 ラメチャップの近くのホテル
天気 カトマンズ小雨からの空港は晴
標高 560
気温 31度 暑い
体調 良し 少し喉痛い
漸くカトマンズを脱出できて、山へ入れるかと思っていたが、ルクラへの飛行機が午前中しか飛ばす…
一昨日の待機していた人から順番に乗っていくので、始発便予定だったが昼ぐらいまでかかるとの事。
のんびり待機していだが、昼過ぎから、飛行機が飛ばずヘリだけが動いている。
こっちは、ええ天気なのに、ルクラは悪天で着陸できないらしい。
なんとか今日中に飛びたいと思っていたが、結局飛ばず
またハイエースに荷物を積み込み、近くの街のラブホみたいな所にチェックインしました。
さすがネパール。そうスムーズにはいかない。でも明日こそ飛んでほしいなあー

10月6日

カトマンズ

2日目 夜 カトマンズ
天気 一日中雨だった
標高 1298
気温 17度
体調 良し
いよいよ明日の早朝より行動開始。
今日は、一緒に登るシェルパと一緒に登攀道具のチェックを行いました。
2人のシェルパは、私たちの装備を一つ一つチェック、真剣な姿に、とても信頼を感じました。
その後、ホテルに戻り指示通りにパッキング、夕方からは、先日、マナスルから戻ってきた山田利行くんと合流して、早めの夕食と、いろいろな情報収集で楽しく過ごし、お互いの健闘を誓い少し前に解散しました。
明日の早朝より、いよいよ山に向かいます!天候が心配ですが、早くカトマンズを出たい!

10月5日

カトマンズ到着

無事にカトマンズに到着。
用意されたホテルが、想像していなかった豪華さ。
今日は、ダサイン祭りで、外のお店は全て閉まっているので、ホテルでゆっくりタイムです。

カトマンズのホテル

10月2日

広島支部壮行会

『アマダブラム遠征隊壮行会in三倉岳』
広島支部ユースクラブの最高の仲間たちに壮行会を開催していただきました!
20名以上が三倉岳に集まり、全員から激励の言葉と温かい設営をしていただきました。
出発前準備に追われ、なかなか実感がわかないのですが、いよいよ明後日には広島を出発して明明後日は、もうカトマンズの地にいるはずです。
いよいよです!しっかり皆の分も、良い経験をしてきたいと思います!

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