メニュー

公益社団法人日本山岳会

[現地報告]ただいま古道調査中!

古道TOP地図

全国山岳古道調査についてはこちら 

殿様街道[北海道支部]

地元の方々と歴史の道を歩く

10月23日(土)、北海道支部の山岳古道調査メンバーは、地元、町千軒地域活性化実行委員会が行った殿様街道の散策会に出席し、現地調査および聞き取り調査を行いました。

殿様街道

殿様街道の十字架

■上記を報じた北海道新聞の記事《PDF》

■増毛山道のオピニオン記事(北海道新聞)《PDF》

増毛山道[北海道支部]

錦秋の増毛山地を行く

10月3日(日)、支部山行「増毛山道」を8名のメンバーで歩いて、予定通り調査等を終えることが出来ました。グループを2つに分けて、健脚組(増毛山道本線全行程27km)と年長組(女性2名含む、増毛山道支線を含む16km)で実施致しました。特に、健脚組は朝4時20分の夜明け前の暗い中をスタートして、約11時間の格闘でしたので、その脚力には改めて脱帽致しました。

増毛山道

北海道新聞の記事(2021年10月3日)

榛名山をめぐる参拝道[群馬支部]

群馬支部内に古道調査プロジェクト(12人)を組織。赤城班、榛名班に分け、山頂部へ至る6コース前後を選び調査中。
赤城班は第1回調査中。榛名班は第1回調査を終了し、必要に応じ2回目に入っている(全体の調査進捗度60~70%)。
積雪期に差し掛かってきたが、榛名は積雪量も少ないので大きな影響はない見込み。
▼写真は12月15日の調査のようす。

秩父往還贄川宿[埼玉支部]

秩父往還は、中山道熊谷宿(熊谷市)から荒川沿いに秩父盆地を横断して雁坂峠を越えて甲府に至る街道です。
秩父路、甲州路、信玄路、あるいは区間によって熊谷通、川越通、雁坂道などとも呼ばれています。
今回、「雁坂峠越え」及び「十文字峠越え」の共通部分である贄川宿(秩父鉄道三峰口駅)から栃本までの旧道を4回に分けて下見を兼ねた実地調査を実施しました。

▼写真は麻生加番所前でのようす

秩父往還・麻生加番所にて

鹿野山をめぐる道[千葉支部]

聖徳太子開山の鹿野山神野寺は、江戸の昔から山岳信仰の霊場として多くの信仰を集め賑わいました。
神野寺に至る信仰の道を鹿野山参道と呼び、六つの道があったといわれております。
この街道の一部は江戸幕府により公牧(嶺岡牧)と木更津とを結ぶ道としても利用され、嶺岡往還と呼ばれていました。

第1回調査(2021年11月6日)木更津市桜井~君津市中島、第2回調査(11月14日)君津市中島~(鹿野山参道経由)鹿野山神野寺、第3回調査(11月28日)鹿野山神野寺~鳥居崎~君津市田倉山神社~鹿野山神野寺、第4回調査(12月12日)鹿野山周辺の登山道探索

▼福岡の鹿野山参道碑

大山をめぐる道/八菅修験道[神奈川支部]

大山は古くから人々に崇拝され、不動明王を祀る大山寺を中心に修験道が興隆しました。
神奈川支部では、大山と八菅神社を結ぶ八菅行者道の八菅30行所のうち12行所の踏査を実施しました。
また、足柄古道を2回に分けて予備踏査を終了し、箱根旧街道のうち箱根峠西坂(静岡側)の予備調査を第1回を終えました。

写真は八菅神社本殿。「八菅山禅定宿」第1番行所であり宿。ここから八菅ハイキング道が整備されている。

写真〈下左〉第2番行所「幣山石神社」。社殿横に文久二年(1862年)の石柱があり、「是より登山制禁」とある。山伏以外の入域禁止とのことらしい。〈下中〉6番行所「宝珠嶽」と思われる、通称「ぼうず山」(536m)行者道は、5番行所がある塩川滝から直接この地点に直登している。〈下右〉華厳山南尾根の急傾斜。

第2番行所「幣山石神社」 ぼうず山 華厳南尾根

飯田街道伊勢神峠[東海支部]

三河の塩を信州へ、信州の産物を三河へと運んだ飯田街道。馬での運搬が盛んだったため中馬街道とも呼びます。
三河と伊那谷を結ぶ伊勢神峠(いせがみとうげ、標高780m)には、遠く伊勢を望む遙拝所が設置され、善光寺参詣の人々もこの峠を越えていきました。

伊勢神峠

東の鯖街道丹波越え[京都・滋賀支部]

海の幸をもたらす幾多の道

「東の鯖街道」は三分割で調査しています。
1. 根来坂峠から針畑桑原間
2. 桑原から久多(丹波越え)
3. 久多から京七口の一つ(荒神口辺り)
丹波越えのルートは、多くの調査がされてきましたが、未だに明確な答えは出ていません。
ひとつには、多くの人が行き来した証、古道独特の顕著なU字形に凹んだ道の形跡が発見されていないのです。
東の鯖街道は有名で書物や分籍も多くありますが、丹波越えの記述は曖昧です。
我々京滋支部がこの調査で解明できるかどうかは定かではありませんが、出来ることなら我々が解明したく思っています。

東の鯖街道

葛城修験の道[関西支部]

第1回調査(2021年7月25日)加太・友ヶ島序品窟、第2回調査(10月9日)大福山第3経塚(孝子高山寺~六十谷)、第3回調査(10月21日)友ヶ島観念窟再調査、第4回調査(10月30日)雲山峰第3経塚(六十谷~六十谷)、第5回調査(11月20日)倉谷山第5経塚(根来寺~神通)、第6回調査(12月11日)志野峠松峠第6経塚中津川第7経塚(神通~粉河)
▼写真は、志野峠松峠中津川の経塚調査で、志野峠でルートを確認しているところ

葛城修験 志野峠松峠中津川の経塚調査

下の写真は第1回 加太・友ヶ島序品窟のようす

友が島

向霧立越[熊本支部]

椎葉村をめぐる交易路

九州脊梁山地(九州山地)の尾根を椎葉村(宮崎県)と肥後や豊後を結ぶ2条の山岳古道があります。
熊本県山都町(元の蘇陽町)馬見原から黒峰(1283m)、小川岳(1542m)、向坂山(1684m)、白岩山(1646m)、扇山(1661m)から椎葉村に至る東の道を「霧立越」。
矢筈岳(1113m)、遠見山(1268m)、三方山(1577m)、高岳(1563m)、国見岳(1739m)、五勇山(1662m)、烏帽子岳(1692m)、椎葉越(1418m)、白鳥山(1639m)、銚子笠(1489m)から椎葉村に至る西の道を「向霧立越」といいます。
昭和の初めに国道327号が開通するまでは重要な交易路で、馬荷などが頻繁に往来されていました。

※「むこうきったちごし」「むこうきったちこし」「むこうきったちごえ」「むこうきりたちごえ」などとも呼び、「向切立越え」などとも書く。

第1回調査(9月23,24日)椎葉村萱野登山口~五勇山、第2回調査(10月31日)山都町鮎の瀬~遠見山~久保の息、第3回調査(11月17日)山都町木原谷~汗見~遠見山登山口

▼椎葉村萱野の登山口での渡渉

向霧立越調査①椎葉村萱野~五勇山

宮崎県椎葉村萱野登山口~五勇山PDF
山都町鮎の瀬~久保の息PDF
汗見~遠見山登山口PDF

薩摩街道・高岡筋[宮崎支部]

薩摩街道・高岡筋は、佐土原(宮崎市)から鹿児島市山下町をむすぶおよそ133kmの街道です。
途中、国見山(407m)を越える山中の道は通る人も少なくいまや埋没しようとしています。 

▼道が深くえぐられている(和石から去川関所へ)

薩摩街道高岡筋

宮崎支部報の記事PDF

首里城への道/末吉宮参道[沖縄チーム]

500年続いた琉球王国の道は、王宮・首里城につながる道です。
今回調査を行った末吉宮には熊野三所権現が祀られ、国王がこの道を通って毎年参詣したと伝わります。

▼いまも残る琉球石灰岩の石畳

琉球古道 末吉宮参道

全国山岳古道調査についてはこちら 

pagetop