遺伝子に負けないために
上小牧憲寛
本コラム欄も40回目を迎えようとしています。コラム欄は医療委員会のHPで通覧できますが、その中で、私がもっとも興味が惹かれたものは、大野秀樹氏の「登山隊員は遺伝子で選別される?」でした。アンギオテンシン変換酵素(ACE)の遺伝子型II型の登山家にはエヴェレストに無酸素登頂出来る人が多いが、DD型の登山家の中には無酸素登頂出来た人が一人もいないという報告です。
私の住んでいる栃木県でもACEの遺伝子型を調べてみました。DD型の人は登山家の中にはなかなかいませんでした。ところが、何と私自身の遺伝子型がDD型だったのです。それからというもの、ACEについて研究をしました。その結果、私の考えは次のようになりました。
まず、初めに登山家とACEの話を始めたMotgomeryらによれば、ACE酵素活性の高いDD型が高所に登れないのは、持久力が劣るからだそうです。しかしその後の研究者の報告は、DD型は持久力がないという報告と、あるという報告は、概ね半々です。DD型である私自身、栃木県内の駅伝に出場し、2回区間賞を取ったこともありますし、昨年は登山マラソンで青年の部で2位になりました。DD型に持久力がないという意見には賛成出来ません。しかし、DD型が高所に弱いという意見は否定しません。1998年、ムスターグアタ(7456m)になんとか登頂出来た私は、視力低下に陥り、凍傷と低体温症を患って、皆に迷惑をかけたからです。
では、DD型の人はどうしたら安全に高所登山を楽しめるのでしょう。大野氏が書かれている通り、ACEには様々な働きがありますが、総じて血管を収縮させる働きがあります。つまり、ACE遺伝子がDD型の登山者では、血管を収縮させる機能が強いと考えられます。私はそれが高所で悪さをするものと考えています。そこで、血管を拡張させるようにすると、ACEの良くない効果を減弱させられると推測したのです。
ボディービルダーはコンテストの前にサーキットトレーニングをすると聞いたことがあります。骨格筋内の血管が拡張し、筋肉がよりたくましく見えるようになるからだそうです。つまり、骨格筋の有酸素運動は筋内の血管を拡張させるのです。高所登山を目指す私もサーキットトレーニングやランニングを欠かしません。
もし、それでも不充分ならば、ドーピングかもしれませんが、血管を拡張させる薬剤を内服するという手もあります。現在、高所肺水腫の第一選択薬となっているのが血管拡張作用の強力なニフェジピンですが、ACE阻害剤やアンギオテンシン・レセプター・ブロッカー(ARB)がDD型の登山者の高所障害に有効なのではないかと私は考えています。しかし、これはあくまで仮説で、証明された訳ではありません。強調したいことは、遺伝子型で駄目と決めつけるのではなく、良くない遺伝子を持っていても登るためには何が必要か考えるべきであるということです。