高山病と高所反応
中島 道郎
過日、日本旅行医学会の先生方と高山病についての意見交換をした。彼らは、”See Sickness”は船酔いと訳されているのだから、”Acute Mountain Sickness”は『急性高山病』ではなく、『山酔い』とすべきだと主張する。しかし、Sicknessの本義は気分のすぐれない状態全般をさしているのであって、Sickness=酔いではない。その証拠に、二日酔いの英語はHangoverと言う。彼らには単なる高所反応と高山病との区別がついていないのだ。
高度上昇に伴って空気は希薄になり酸素分圧は低下する。足りない酸素を補充しようと人は無意識に過換気をする。それにより、体内の二酸化炭素は過剰に排出され、低二酸化炭素血症、すなわち呼吸性アルカローシスに傾く。これにより、脳血管は収縮し、脳貧血をひきおこす。これが『高所反応』で、山に登ってふらついたり、むかついたりする原因である。それを山酔いと呼んでもよいが、本質は単なる低酸素換気応答、すなわち正常なる生理現象であって高山病ではないことをシッカリと認識していて頂きたい。過換気だから、安静にして出来るだけゆっくりと呼吸するように心掛けていればやがて解消する。
他方『急性高山病』であるが、ここにいう急性とは、『慢性高山病』なる疾患群に対比したものであって、俄かに発症する、という世間一般の意味ではない。本症は高所に到達して数時間(大抵6時間)後に始まる。頭痛を必発としほかに消化器・神経・その他の諸症状を伴う不快な状態のことであって、その本態は脳の軽度の浮腫である。これが重症化したのが高所脳浮腫であるが、両者は程度の違いであって本質は同じものである。最良の対策は下山である(つまり、6時間以内に下山すれば事は起らない)が、それが困難ならば、とにかく”動かない”こと。2-3日で症状は消失する。これが高所順応である。もしダイアモックス服用・酸素吸入・ガモフバッグ治療などが可能なら、何もしないより効果は早い。