歩行と咬み合わせ
佐藤 恭子
歩行と咬み合わせが力学的に関連していると申しあげると、ほとんどの場合、怪訝そうな顔をされます。歩行は全身運動ですが、足に関連したイメージが強く、咬み合わせや咀嚼は頭頸部の局所的運動というイメージが強いためでしょう。
私は、歯科医としての臨床経験を通して、咬み合わせと歩行の間に法則性を持った相互性があることに気付き、口腔と体の両面から正しい直立二足歩行を回復することを目標とした治療を行ってきました。
口腔からは、咬み合わせや舌筋のバランスを整えます。全身的には、鍼・オステオパシー・低周波といった手法を組み合わせて直立二足歩行の再構成をします。すると、直立二足歩行の基本である、骨盤運動のメカニズムが確立されるあたりで体調が良くなる方が多く、正しく歩ける体であることが、健康にとっていかに大切であるかを実感しています。
「人類は頭からではなく、足からヒトになった」といわれるように、大脳皮質の発達を含むヒトの特徴は、直立二足歩行性が確立されたことによって、人類にもたらされました。以来、私たちの体は基本的には同じ力学システムによって運用されています。したがって、歩行を正しく整えることは、ヒトの体という精妙な機械の“使用上の注意”を守って使うことなる訳です。
ウォーキングという言葉が市民権を得て久しく、歩くことの大切さは広く知られていますが、速いテンポで歩くことに重きが置かれています。歩行と健康という観点からすると、正しく歩く、ということにもっと関心を持つ必要があるように感じます。ヒトの体の精妙な力学システムを、誤った運用法で長時間使い続けると、ひざを痛めるなど故障の原因になる場合があるからです。
平地を歩くウォーキングでさえ、咬み合わせの影響が出るのですから、荷物を背負って高低差を歩く登山者にとっては、身体のバランスに関係する咬み合わせの影響はさらに大きいものと思われます。咬み合わせは歩行の効率や安定にかかわるだけでなく、呼吸とも関連が深いので、登山という運動が、生理的に多くの面から咬み合わせと関係することは、容易に想像されます。
登山前の健康チェックに、「咬み合わせ」の項目を入れると、いっそう安全で事故
のない登山に役立つ知見が得られるかも知れません。
(佐藤恭子さんは1月24日に医療委員会懇親講演会で、咬み合わせと歩行についての講演をされました)