登山隊員は遺伝子で選別される?
大野秀樹
われわれは、経験的に高所に強いヒト、弱いヒトがいることを知っている。従来、これは“体質”の違いという曖昧な言葉で説明されてきた。しかし、最近の分子生物学の発展のおかげで、遺伝子によってこの謎解きができる可能性がでてきた。
1998年、Montgomryらは、Nature誌に非常に興味深い発表を行った。すなわち、アンギオテンシン変換酵素 (angiotensin-converting enzyme:ACE)の対立遺伝子(アレルという。染色体の相同な場所に位置し、機能的にも相同な遺伝子)が一流の登山家に優位に存在することを明らか にした。血管内皮細胞に存在するACEは、アンギオテンシンⅠを強い生理活性をもつアンギオテンⅡ(AⅡ)に変換する。この反応はおもに肺胞で起こる。A Ⅱは細動脈を収縮し、飲水行動や抗利尿ホルモン(AVP)、副腎皮質ホルモン(ACTH)の
分泌を促進する。
さらに、心血管系組織をはじめとする様々な細胞の肥大・増殖、または分化・成長に関与する生理作用も明らかになってきた。ACE遺伝子は第17染色体 q23にあり、大きさは、21kb(21,000塩基対)で26エキソン(遺伝子DNA中で情報をもっている部分。情報のない部分をイントロンという)か らなる。イントロン16に287塩基対の挿入/欠失による制限酵素断片長多型があり、Alu様配列 (ヒトゲノム中に散在する小型-300塩基以下―の反 復配列)を有するものはⅠ(insertion)アレル、持たないものはD(deletion)アレル
と呼ばれている。
25名の一流英国男性登山家(7000m以上の高山に無酸素登山歴がある)のうがい液中からDNAを抽出し、PCR法(DNA鎖の特定L部位のみを繰り 返し複製する反応で、微量のDNAを百万倍程度まで増幅できる)により測定されたACE遺伝子型は、一般英国人と比較してⅡ型の占める割合が登山家で有意 に高く、逆にDD型は著しい低値を示した。特に無酸素で8000m峰の筆頂を果たした15名にはDD型が全く認められなかった。一方、Ⅱ型のほうが血清 ACE活性が約半分しかないにもかかわらず、DD型と比べて運動トレーニング効果がはるかに高いこともわかっている。ID型は、いずれもⅡ型とDD型の中 間を示した。
こうして、超高所登山の際には、ACE遺伝子による隊員のスクリーニングが行われる可能性が生じてきた。DDアレル所有者にとってはショツキングなことに違いない。
なお、ACEアレルの検査は比較的簡単に実施できる。かかりつけのドクターと相談されたい。