高所登山と脳障害
志賀 尚子
脳は、体中でもっとも酸素欠乏に弱い臓器です。窒息、一酸化炭素中毒、心停止などによって脳に十分な酸素が届かなくなると、多くの場合、助かっても重大な後遺症がのこります。高所登山、とりわけ無酸素での高所登山は、極端な低酸素に曝されるため、脳へのダメージを来す恐れがあります。
高所登山中に精神神経学的な異常を示した人で、下山後も、時には数週数ヶ月にわたってその異常が続く場合があります。登山中目立った異常がなかったのに、下山後あるいは時間がたってから異常が出る場合もあります。異常というのは、短期記憶障害(聞いた事や言った事をすぐ忘れる、同じ事を繰り返し聞く・言う)や集中力の低下、認知能力・反応時間の低下、判断力の低下といった症状です。自覚症状や他覚症状がなくても、MRI(核磁気共鳴画像:X線を使わず、磁場と電波で体の中を見る)で検査してみると異常が見つかる場合もあります。
登山後の脳の後遺症の発生を予測する因子として、年齢、性別、登山中の異常症状、到達最高高度、そこでの滞在期間など、明らかな因果関係を示した報告は見当たりませんが、登山後のMRIで異常を認めた人は、登山中にも自覚症状、他覚症状の異常があった人が多いようです。自覚症状、他覚症状の回復の程度、回復にかかる時間はまちまちです。
6000m級の無酸素登山で参加者8人全員、異常症状もMRIの異常も認めなかったという報告もありますが、7000m級の無酸素登山で、58%に下山後も神経心理学的異常が認められ、46%でMRI の異常が見られたという報告や、5000m級の登山でも2ヶ月以上記憶、反応時間、集中力が低下していたという報告もあります。
脳を守るには、何より酸素が必要、なのですが…。7人の有名なシェルパと低地在住で8000m級の登山をする登山家21人のMRIをとってみたところ、シェルパで異常があったのは1名のみ、登山家は13人(61%)で異常が見つかったそうです。この差が何によるものか明らかではありませんが、高所順応を十分行うことが1つの予防にはなるのかもしれません。
4000-5000m以上の高所登山を計画されている方は、体力チェックばかりでなく、脳のチェック(脳ドック、特にMRI)もいかがですか?そして、登山中あるいは登山後に上記のような異常が出た方は、念のため医師に相談される事をおすすめします。