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公益社団法人日本山岳会

大いに酸素を吸いましょう 無酸素登山による脳ダメージ 729号

大いに酸素を吸いましょう 無酸素登山による脳ダメージ

大野 秀樹

1985年夏、本会80周年記念事業登山の1つとして、伊丹紹泰氏を隊長、故早坂敬二郎氏を副隊長とする黄河源流トレッキング隊が組まれました。医師は私だけで、さらにご高齢の隊員が少なくなかったので、貴重な体験をすることができました。

その1つは、低酸素によると思われる高血圧脳症でした。4,000 m 以上の高所で突然、複数の隊員の収縮期血圧が200 mmHg 以上に上がり、軽?中等度の意識障害を伴っていました。やや重い急性高山病の隊員も少なからず出現しましたので、本隊と別れ、調子が悪い方々を引率して比較的低地の西寧市(標高2,275 m)を目指して下山を開始しました。高血圧性脳症は高所における一過性のものでしたが、その後、そのうちの1名は記銘力の低下などが持続し、トレッキング前・後の明らかな違いに低酸素環境の厳しさを学びました。加えて、さらに高い所ではこんな程度ではすまないのではないか、と感じました。

実際、スペインの研究グループの報告では、少なくとも1度は8,000 m 峰に無酸素で登ったことがある21名のエリート登山家(低地住民)の全員が、登山中・後に頭痛、不眠症、運動失調、視力低下、失語症、幻覚などのさまざまな精神・神経学的症状を呈し、磁気共鳴画像(MRI)では13名(62%)に大脳皮質萎縮を中心にした異常所見が認められています(“Clin. Sci.”、90巻1号)。一方、同様に8,000 m 峰無酸素登山を行った7名のシェルパ族(高地住民)では、1名のみ(14%)に自覚症状出現と MRI 異常所見がみられるにとどまりました。両者の差は、遺伝の問題(本会報675号)もあると思われますが、さらに、シェルパ族は高所でも高い運動能力を示すので、超高所滞在時間が短くてすむことに一部、起因していると推測されています。

高所では、酸化ストレスが亢進します(本会報725号)。しかし、米国オリンピック委員会の報告では、1,860 m での高所トレーニング中に何度も酸素吸入を行っても、さらなる酸化ストレスの亢進は観察されませんでした(“Med. Sci. Sports Exerc.”、2005年、36巻11号)。こうして、無酸素主義の尖鋭登山家以外の登山者は、(超)高所では、遠慮せず大いに酸素を吸ってください。無酸素主義の方は、日頃厳しいトレーニングを行い、ベースキャンプ付近で十分に高所適応を得た後、超高所は一気に登って下ることをお勧めします。

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