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公益社団法人日本山岳会

登山と一過性脳虚血発作 730号

登山と一過性脳虚血発作

野口いづみ

ある70歳代の男性が下山後、バスを待つ間に飲食をして入浴した所、片側の手足にしびれを感じて歩行困難となりました。山間だったので救急車で搬送されるまでに1時間半、病院到着までに2時間かかりましたが、到着した頃には症状は消失していました。検査で、「“一過性脳虚血発作”の可能性がある」と告げられました。

一過性脳虚血発作(TIA)は脳卒中(脳梗塞)のニアミスともいえます。急に言葉が出なくなったり、ろれつが回りにくくなったり、手足がしびれて歩行困難になったりし、脳卒中様の神経症状を起こしますが、24時間以内に消失するものです。発症は速やかで2~5分で症状が完成し、2~15分程度で回復する場合が多いとされます。山での滑落事故の中にはこのような突然の発作による事故も含まれている可能性があります。

一過性脳虚血発作の原因は脳梗塞と同様で、動脈硬化をベースに、多くは頚動脈などに狭窄がある方に生じます。狭窄部に血栓ができて剥離し、微小血栓が脳の動脈につまって発作が起こりますが、血栓が容易に溶けさって血流が再開するために、症状はすぐ消失すると考えられます。なお、強い狭窄のある方では血圧の低下だけで発作をおこす場合もあります。

一過性脳虚血発作は脳卒中の前触れと考えられ、発作1ヶ月以内に5%、5年以内に2~4割で本格的な脳卒中を起こします。一過性脳虚血発作をおこした場合は脳卒中予備軍と考えて、精査を受ける必要があります。検査でハイリスクと診断された場合は血液を固まりにくくさせるアスピリンなどの抗血小板薬を内服します。最近は、頚動脈の狭窄が強い場合に頚動脈内膜切除術が行われ、予防に有効なことが示されています。

血栓ができる原因として、脱水と急激な血圧低下があります。登山前夜の深酒は脱水を招くのでリスクになります。また、登山中は十分な水分を取って脱水量を補うことが必要です。血圧低下は飲酒、入浴などで生じますが、高齢者では食事で血圧低下する場合もあります。食後は消化器系に血液が集まりますが、高齢者ではうまく自律神経が調節できないために、血圧が下がってしまうようです。

山での突然死例の中に、休憩後、登りを再開してすぐに脳梗塞で倒れたという報告があります。この方は休憩で食事をとっていなかったそうですが、一般的には、きつい登りのあとに休憩をとって(→急激な血圧低下)、多くの摂食をして(→食事低血圧)、すぐに歩き始めることは、高齢者ではリスクになるといえるでしょう。また、乾杯(→飲酒による脱水と血圧低下)は山頂ではなく、下山をしてからの楽しみと心得ましょう。

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