ウユニ塩湖で高山病を発症した例と問題点
荻原理恵(昭和大学医学部公衆衛生学教室講師、元外務省医務官)
私は2001~2020年まで外務省の医務官としてマダガスカル、ボリビア、オーストリア、ラオス、チュニジアなど海外に勤務した。今回、2003~2005年に勤務した在ボリビア日本大使館勤務時代に経験したウユニ塩湖の高山病の症例について報告し、検討したい。
2004年8月、ウユニ塩湖(標高3700m)のヘルスポストのボリビア人のドクターから大使館に電話が入り、日本人が高山病で入院しているので下山を説得してほしいということだった。患者は69歳の男性で、スペイン語を話せ、一人でウユニ塩湖に旅行に来ていた。私は、電話で下山するように説得したが、聞き入れなかった。経過をフォローしていたが3日後に患者が昏睡になったという緊急救援要請が大使館に入った。私は陸軍のヘリコプター(費用1600USドルは患者負担)をチャーターし救援に向かった。現地で、患者に酸素投与、ステロイド静脈投与などの処置を行い、陸軍ヘリコプターでサンタクルス市(標高400m)に移送し、総合病院のICUに入室させた。治療を開始したところ数時間後に意識が回復した。しかし、患者は約10年前にオーストラリアで肝移植術をうけ、免疫抑制剤を服用しており、院内感染を併発し、入室3日目に敗血症を起こした。家族が日本への搬送を保険会社に希望したが、保険会社は日本が遠いということで、マイアミ、そのあとサンチアゴを緊急搬送先として提案した。家族がサンチアゴへの緊急搬送を承諾したとき、患者の容態は悪化して飛行機搭乗が不可能な状態で、入室7日後に死亡された。高山病から回復したにもかかわらず合併症のために死亡するという、残念な結果になった。
問題点をまとめると、患者側の危険因子として、一人旅、肝移植後で免疫抑制剤を服用中、そして致命的だったのは下山の決断が遅れたことが挙げられる。一方、保険会社にも問題があり、直ちに日本に搬送されていれば救命された可能性も否定できない。患者の家族は保険会社に対し訴訟を検討したが、諸事情により断念した。在ボリビア日本大使館から保険会社へ、「今後、このような事例が生じないよう、迅速に対応するように」勧告レターが出された。
改めて海外旅行の際、旅行保険に必ず入ることをお願いしたい。先進国はもちろん、途上国でも高度な医療を受けるための医療費は高額である。今回は旅行保険が十分稼働しなかったが、旅行保険に入ってなかった場合、家族の負担は一層多大なものとなっただろう。
写真1 ウユニ塩湖(約3,700m)
写真2 ウユニ塩湖のヘルスポスト