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公益社団法人日本山岳会

第1回講演会報告 「北極圏橇旅行に於ける氷晶の採取・観測」「登山と科学活動」 1979年3月

1979年(昭和54) 3月9日(月)
山岳会ル-ム

植村直己 
樋口敬二 (名古屋大)
参加者:76名 報告:山407-1979/5


報告

植村直己氏と樋口敬二氏を迎えて

 昨年の早春から夏にかけて、北極点到達並びにグリーンランド縦断の単独犬橇旅行を実行し、雪の結晶や水、塵等の採集をされて来た植村直己会員と、名古屋大学水圏科学研究所で雪の結晶の解析を行なってこられた樋口敬二会員にお願いして、3月19日(月)の午後5時半から8時まで、本会ルームにおいて委員会として初めての講演会を開いた。 開始時刻が早かったにもかかわらず、講演開始時には名簿に署名した会員だけでも76名に達し、講演中は立錐の余地もない盛況となり、あるいは入り切れなかった方もあったかと想像される。 より広い会場を用意できなかったことをお詑び申し上げる。

 西堀会長の「挨拶」では、科学研究委員会設立の意義や、日本山岳会の今後の科学的博物的活動に大いに期待する旨の励ましの言葉か述べられた。

「北極圏橇旅行における氷晶の採集・観測」 植村直己

 植村氏の「北極圏橇旅行における氷晶の採集・観測」の講演では迫力に満ちた50余枚のスライドを用い、寒さの厳しかった北極点旅行におけるブリザードや氷丘、あるいは北極熊襲来の模様や幻の太陽の話、並びに誰も通ったことのないグリーンランド縦断の旅で見た珍しい氷河地形や、シロクマ、ウサギ、カモメなどの生物、エスキモー犬の苦労の話などが淡淡と語られた。

 寒さが厳しく余裕のなかった場合を除き、100キロ毎に雪の結晶のレプリカを作り、氷をとかして水のサンプルを50ccずつ採集し、さらに大気中からフィルターを通して塵を集めたという説明も行なわれた。 また六分儀によってグリーンランド北部にあるピークの位置が地図と20キロ違っていることを発見し、その正当性は後に人工衛星のチェックによっても確かめられたという成果の紹介も行なわれた。

「登山と科学活動」 樋口敬二 (名古屋大)

 樋口氏の「登山と科学活動」の講演では、植村氏採集の氷晶のレプリカが立派に細部まで再現されていることを見本やスライドで示した後、中谷宇吉郎の人工雪の結晶生成の実験に基づいて、氷晶の形と気温、並びに水蒸気密度との間の相関々係に言及し、これらの氷晶から如何にして上空の気温や雲の層の厚さや構造、さらに水蒸気の輸送過程の追究が可能であるかが示された。

 話はヒマラヤの問題に移り、ヤルンカンでの氷晶や水のサンプルを解析した結果、主稜線の南側の積雪はインド洋から北上する雲が原因であるが、主稜線上では水蒸気の起源が別らしいことが判明したこと、ネパール地域における氷河の長さや幅、モレーンの有無、時間的変化など、氷河台帳を作って調べてみると、デブリでおおわれていない白い氷河は全体として小さくなってきていることなどが紹介された。カラコルム地方でのこのような水圏物理学的調査は未だ行なわれていないことも語られ、若い会員の中には将来こんなことをやってみたいと実際感じた方もおられたのではないかと想像される。

 最後に植村氏が零下56度Cの旅行初期には、砂地の上を曳いて行くような感じで橇が全く滑らなかったが、グリーンランドの零下15度Cのザラメ雪の上では帆によっても快適に滑走したとの話は、橇の抵抗がまさつ熱による雪の融解に左右されるという実験とも一致し、科学的に大いに興味が感ぜられたと結ばれた。

 講演終了後も、橇旅行中食事は一日一食で、夜テントに入ってからトナカイやアザラシの凍った生肉の溶けかかった所をクジラの油をつけて1キロ足らず食した話とか。凍傷や装備の話。あるいはヒマラヤにおける重水の分布の話など、質問も盛んに出て話はいつまでも尽きなかった。

 米国においても植村氏採取になる雪や氷のサンプルの解析結果はしきりに発表を求められているが、日本においてこの日、私共が最初に当事者2名から発表をうかがえたことは誠に幸せであったと思う。
植村氏採集による氷晶以外の水や塵のサンプルの解析は、同じく名大水圏科学研の伏見氏が担当されており、この夏には結果が出る見込である。その暁にはふたたび本会で発表していただくことを楽しみにしている。なおこれらの解析の詳しい結果は「山岳」に掲載される予定であることを付言しておきたい。

(中村 純二)
山407 (1979/5月号)

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