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公益社団法人日本山岳会

公開シンポジウム報告 「ヒマラヤの生態系と環境」 1985年11月

公開シンポジウム「ヒマラヤの生態系と環境」 
1985(昭和60) 11月30日(土)
中野サンプラザ、研修室
共催:日本ネパール協会、自然保護委員会

「環境保全・開発を念頭に置いた文化生態地域区分の必要性」川喜多二郎
「ヒマラヤの生態系保全の問題点」沼田眞、
「ヒマラヤの自然保護私見」中尾佐助、
「ネパールの森林と林業」渡辺桂、
「山岳地域の環境論的理解」渡辺兵力
参加者65名  報告:山489-1986/3(高橋 詢)  予稿集:10P  


報告

(1985年11月30日(土) 午後1時半~5時)

 1985年の科学研究委員会主催のシンポジウム「ヒマラヤのエコロジー」に引続くもので、85年度は日本山岳会創立80周年を記念して山岳会の行事として日本ネパール協会と共催でもたれた。

 4時間にわたる密度の濃いシンポジウムであった。詳細は当日の録音テープに基づいた記録をパンフレットの形で出版を準備中である。なお予稿集は残部が若干あるので希望の方は日本山岳会科学研究委員会宛500円(切手可)同封の上、申込んで頂きたい。

 シンポジウムの司会は昨年に引続き川喜田二郎氏にお願いした。
 始めに、特別出席された駐ネパール大使金子一夫氏にお話をお願いした。同氏はネパール政府の政策や外国よりの援助にも拘らず、農業生産が算術平均でみる限り増大していないのは何故かというトニーハーゲンの設問を紹介され、生態学にさかのぼって問題を解明する必要性を強調された。

 講師は川喜田二郎、中尾佐助、沼田眞、渡辺桂、渡辺兵力の5氏。以下当日の発言順に拘らず、要約を紹介したい。

 中尾佐助氏からは「ヒマラヤの自然保護私見」の題で地球的規模の視野も含めた植物生態系の特徴について話された。ヒマラヤの植物種は非常に豊富で、花も美しいが、多くの植物の開花期はモンスーン中で、登山者の眼にふれていない。一般に熱帯性植物は栽培も容易で、世界的に広く分布しているが、温帯性植物は地域性が強く、栽培も困難である。一方高山植物は世界中で環境が共通で、種類も似ている(日本の高山植物は厳密には高山植物とはいえない)。

ところで南半球には北半球でみられるお花畑はないが、このようなことは環境によるのではなく、地質時代によるものである。植物の環境への適応ということはあるが、ある植物がそこにあるかないかは生物地理学(歴史)の問題である。生態系について考える時、環境を読むか歴史を読むかは重要な着眼点である。

 沼田眞氏は「ヒマラヤの生態系保全の問題点」という題でネパールヒマラヤとブータンでの生態学的調査見聞に基づいた話をされた。ネパールの調査では原生林は僅かしか残っておらず、自然破壊が深刻なことに驚いた。牧畜の飼料が樹木の葉に大きく依存し、林内過放牧による森林の荒廃が進んでいる。ブータンも人口増加はネパール同様急速であるが、森林保全管理は厳しく。林内放牧は禁止されている。笹型草地で笹を飼料としていることが目についた。

 渡辺兵力氏は農業経済学者の立場から「山岳地域の環境論的理解」という題で「環境論」とは何か、いかにあるべきかという問題設定をされ、環境論モデルとして三つの段階、(1)生物主体と生存環境、(2)主体的人間と人間環境、(3)人間環境は自然環境(天然ではない)と文化環境に分けられ、その総合として風土的環境が考えられる。

人間の「生活」は自然生態系に基づく「食物連鎖」と文化生態系の「文化連鎖」の二つの回路があること。山地住民にとって自然は生存環境であり、昔から自然保全を行なってきた。一方他所者(異文化の人間)の自然保護意識は山地住民の自然保全意識とは異なる。 この異同の解明が当面の課題であろう。

 川喜田二郎氏は「環境保全・開発を念頭に置いた文化生態地域区分の必要性」という題でヒマラヤ技術協力会(ATCHA)によるアンナプルナ山腹マガール族集落への技術協力の経験に基づいてつぎの点を強調された。第一に現地の実態を総合的、生態史的に把握すること。それに基づいて生態系の病理の急所を診断すること、地域による生態史的パターンがあること(マガール族の場合は山地で半農半牧。一方稲作上限より低い低山地の場合など)、このような区分は人間とその文化を重視した生態史的パターンである。環境保全と開発にあたっては前に述べた生態史的実情把握に基づくことが重要であることを強調された。

 渡辺杜氏は「ネパールの森林と林業」という題で、まず世界的規模での森林減少、とくに熱帯地域の森林減少の実情について述べられた。

 熱帯林の減少は年1130万haの割合で減少し、造林面積はその一割に満たないこと。森林減少の原因の最大のものは焼畑移動耕作の拡大であり、休閑期の短縮による環境の不可逆的悪化か発生している。それに続く原因として、薪や家畜飼料の採取。南米では大規模農場牧場の開発がある。ネパールの森林減少は年8万5千haで、アジア最高の年率である。1978年、従来の政府主導型の林業政策が改められ。住民参加を可能とする新政策が打ちだされた。村(パンチャヤット、人口3千-4千人)さらに住民が直接参加できる集落(人口4百-5百人)にまでおろした造林、森林保全政策はFAO、世界銀行、USAIDや各国ボランティアなどの林業援助協力を得て非常に成果をあげている。これらの経験によると、森林の保全、造林の基本は、簡単なことを小さな集落単位で、しかも大規模にやることである。

 司会の川喜田氏より4人の発言者に対するいくつかの設問がだされ、問題を深める発言があった。

 沼田氏より世界保全戦略(WCS)とそのネパール版ネパール保全戦略(NCS)の紹介があり、(1)造林 (2)小規模発電 (3)家族計画 (4)潅漑 (5)土地所有制度改善 (6)保健、が重点項目としてあげられていること、潜在自然植生図の作製。木材のみならず水保全、野生動物なども含めた持続的収量の確保の重要性などか強調された。具体的な提案としては中尾氏より放牧に適した乳牛による乳の生産、川喜田氏より日本の農業技術によるネパール低地でのさつまいも生産、沼田氏によるブータンでの魚の食生活への積極的導入などがあった。

中尾氏が4枚のスライドにより生態系の保全の多様性を考えることの重要性を強調されたことも心に残った。以上大変充実したシンポジウムであったが会場の時間の制約から参加者の方々からの質問や発言の時間がとれなかったことは申し訳けなかった。シンポジウムの後、会場を10階の「吉野」に移し懇親会をもった。

 最後になったが今回共催者として特別の労をとられた日本ネパール協会の春田俊郎・静子夫妻、松田雄一氏、日木山岳会自然保護委員会委員長国見利夫氏、理事関塚貞亨氏を始め多数の方々のお世話
になり、厚く感謝申上げたい。

 シンポジウム参加者
来賓
 駐ネパール大使・金子一夫氏、外務省南西アジア課・菊地晶三氏、緑の防衛基金事務局長・中根一郎氏。

講師 川喜田二郎、中尾佐助、沼田眞、渡辺桂、渡辺兵力、の5氏。

参加者(順不同) 宇津力雄、中村純二、中村あや、近藤緑、斉藤桂、高遠宏、網倉卓爾、武田勝、安江安宣、松田雄一、神谷光昭、古川紀子、向後元彦、斉藤健治 大森淑子.渡辺喜仁、児玉茂、山崎健、遠藤光男、今袷黎順子、沓沢俊夫、神山眞一、及川昭、松井美恵子、束原実、鳥居亮、山口一孝、麦倉啓、鈴木悦子、浅野賢一、春田俊郎、春田静子、坂本明弘、千葉保之、広羽清、机良子、黒沢秀雄、黒石恒、石井恵美子、三浦幸一、宮本千晴、若林郁子、須田清治、川北弘.武田満子、関塚貞亨、内田圭子、梅野淑子、千葉重美、木名瀬亘、市川義輝、高山龍三、西村政晃、辻井清吾、三沢幸夫、国見利夫、高橋詢

(文責・高橋詢)

山489 (1986/3月号)

委員会

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