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公益社団法人日本山岳会

シンポジウム報告 「(第1回)登山用雨衣」 1989年10月

シンポジウム「(第1回)登山用雨衣」
1989年(平成元年) 10月15日(日)
青山学院大学総合研究所、会議室

講師:安田 武(武庫川女子大)
齋藤利忠(ジャパン・ゴアテックス)
西川 演(東洋ゴム工業)
パネラー:中川 武(会員)、松永敏郎(会員)
参加者:53名  報告:山535、536、537 1990/1、2、3((中村純二)  予稿集:20P


報告

雨具をめぐる  シンポジウム①

 標記のシンポジウムが平成元年10月15日(日)午後1時半から5時まで、青山学院大学総合研究所ビル11階会議室で行われた。講師は武庫川女子大学教授の安田武氏、ジャパンゴアテックス(株)の斎藤利忠氏、並びに東洋ゴムエ業(株)の百川演氏であった。他にJAC側パネラーとして松永敏郎会員と中川武会員が選ばれた。

◇  ◇  ◇

 最初に中川武会員のユーザーから見た雨具の変遷の話があった。戦後は放出のポンチョやビニール、やがて薄いゴム引き製品やシリコンゴム製品など出回ったがいずれも完全なものどぇはなかった。その後、ゴアテックスをはじめ、エントラント、ミズノテックス、ウバテックスなど比較的完全な製品とか、リツロン、ハイパロンなど優秀な防水布も出たが、数年しか耐用年数がなく、高価でぜいたく品といった感じである。
今後防寒防風機能まで備えた雨具の出現を期待したい。またSMLの区別はあっても足が長過ぎたり等の不具合を感じている。

 斉藤利忠氏からはゴアテックスの説明がなされた。ゴアテックスは厚さ40〇ミクロン程度のフッ素樹脂の薄膜に無数の小空孔を入れたもので、水滴は透さないが(防水揆水性)、空気や水蒸気など分子は透す(透湿性)という製品で、1969年米国で開発された。薄膜の表面汚染や孔詰まりを避けるため、膜の表裏をそれぞれ布地で蔽った三層から成る加工布が第一世代のゴアテックスである。ただし表面には汚れがつき、摩擦などで揆水性も劣化するので、タグに指定されている洗剤で洗い、クロロカーボン系ないしフッソ系の撥水用スプレー(スコッチガード、アサヒガードなど)を半年に一度ぐらいかけた方がよい。ブラッシングは望ましくない。

 ゴアテックス薄膜の内側(身体側)に吸湿用ポリアルキレンオキサイド層を張付け、全体で四層にしたものが、第二世代ゴアテックスで、これだと身体から出た汗が一旦この吸湿層に吸収され、水蒸気となって透湿膜を通過し、外に出るので、ムレが大いに緩和される。その後縫目もゴアテックス片を当てることにより浸水がなくなった。

 ゴアテックスは海水、油、農薬も透さず、耐熱性にも優れているので、登山以外の目的にも多用されている。
登山用には防風、快適性も考慮に入れさらに開発中である。

 松永敏郎会員。ゴアテックスはせいぜい二年位しか持たず、雨具として消耗が早過ぎるように思われる。これは一つには登山活動が厳し過ぎるためで、リュックや背負皮がピッタリ身体に着けぱ、その部分では透湿性など考えられない。ザイルを身体にかけたり、ヤブ漕ぎをすれば、摩擦が加えられる。

 雪の上に腰を下ろすと、逆に外から湿気が入ってくる。透湿性の長所が、結局山では十分活かされてないのではなかろうか。肩や尻には透湿性はないが、もっと丈夫で完全防水の材料をパッチワークでつける等、山の実情を考慮した雨具の開発を期待したい。           =続く=

            (中村純二)

山535 (1990/1月号)


報告

雨具をめぐる  シンポジウム②

 安田武氏 松永氏らの疑問に対し、コメントを行いたい。確に透湿現象は透湿性膜の内外の水蒸気分圧の差に比例して起るもので、この点ゴアテックスの第1世代でも第2世代でも、その例外ではない。問題の水蒸気分圧は気温と相対温度によって決まる。その結果、例えば外気温5℃、湿度H100%のとき水蒸気分圧Pは6.5TORR、これに対し衣内温度20℃で、H75%ならば、内側のPは13だから、汗は雨具の内から外に放出される。しかし外気が14で、H100%すなわちPが12であるとき、衣内が20.4で、63.6%すなわちP11.4ならば、外部から内部に向って透湿が起り、透湿性があるため、余計にムレることになる。

 この意味では一般に外気温が高いとき、透湿性は低下する。一方零下になると、加工布の内面が氷結したり、ゴワゴワになったりする、これらの性質はユーザー例でも心得て利用した方がよい。

 西川濱氏 我社ではポリウレタンポリマー膜中に親水基を導入することにより防水性、溌水性を備えた無孔質材料であるにもかかわらず、水蒸気や空気など気体分子は透すという透湿性のある薄膜を開発した。雨衣用として、厚さ15ミクロンのこの薄膜にタフタなどを圧覚ラミネートした加工布を作った。今回はこの加工布の他、他社製品やゴム系加工品も採り上げ、18名の成年男子モニターに実際、各シーズン、各高度の登山に使用して貰った。以下これら48例の使用結果に対し、重回帰分析を適用した報告を行う。

 碓率的な取扱いによるものなので、綜合評価に対する決定係数R2が0.8以上の相関をもっとき、ほぽ信頼できると受け止めて頂きたい。たとえば雨具を使用した際のデメリットとしてR2の高い順から並べると次の結果が得られた。
 ①透湿性雨具を用いても、実際にムレ感がなくなるわけではない。
 ②雨具は一般に重く、山行では問題である。
 ③接着部がゴエアゴワし、快適性に劣る。④保温力は必ずしも認められない。

 これらは雨具用布に課せられた今後の課題と考えられる。また下着としてコットンは快適であるが、濡れてくるとウールの方が遥かに快適との結果も得られた。

 安田武氏 雨具として備えるべき第一条件は凍死を防ぐことだと考えられるが、これには下着も大いに関係する。

 1923年1月、立山松尾峠で起った有名な冬山遭難において、槙、三田両氏はシャツ、ズボン下共にウールであったため生還できたが、板倉氏は両者共メリヤス製であったため凍死に至った。1959年10月、穂高滝谷B沢で吹雪に見舞われた東大隊と西朋登高会隊は同じ岩穴にビバークを強いられた。東大生3名は木綿のシャツを脱ぎ、毛のセーターをぢかに着たため、上半身は暖かくなったが、下半身は木綿のズボン下だったので、一晩中ひざのふるえが止まらなかった。それでも全員生還できた。西朋の2名は上下共木綿の下着を着けたまま、持ち物余部を上から被った。このため夜中に2名共絶命した。南アルプスでも同様な凍死事故が起っている                                         =続く= 

(中村純二)

山536-1990/2


報告

雨具をめぐる  シンポジウム③

 ウールは繊維内部の多数の細胞孔隙に水分を多量に吸蔵するにもかかわらず、繊維表面は濡れ難くて繊維問隙には水が入らず、断熱性の高い空気を沢山含む。このため休温が奪われることはない。 これに反し水綿は繊維問隙にも繊維内部にも多量の水分を吸蔵するので、急迫に断熱性が低下し、体温を保つことができなくなくなる。

 一方ゴアテックスなどの透湿性雨具を・冬期に着用した場合、着衣がダウンやウールだと、肌か汗が出ても、一旦ウールに吸収され、その後少しずつ蒸発して雨具内面に達する、その後一部はそのまま透湿膜を通して外に蒸発して行き、他は再びウールに吸収されるので、時間が経過しても雨具内面が氷結することもなく、肌表面の湿度が上昇することもない。しかし着衣かポリエステル等の人工繊維の場合、人工繊維は一般に吸湿性が極めて低いため、肌から出た汗はポリエステル生地を通って直接雨具内面に達し、氷結してしまう。この結果雨具の透湿性や断熱性も低下し、皮膚表面の湿度は高く、体温も下がる。

 もらろん零下20℃ともなれば、ゴアテックスであっても内面に氷結が見られる。低温時の雨具については一考を要するのではなかろうか。

◇  ◇  ◇

 以上シンポジウム大凡の内容であるが、時間が少く、質疑の時間を十分にとれなかったことは残念であった。
 ここで私見を少し述べさせて頂きたい。確に春山などではゴアテックスは完全で、何日間もの縦走中、ミゾレなどに遭っても全く問題はなかった。しかし夏の屋久島などではムレがひどく、殆んど透湿の効果は認められなかった。一方冬の北アルプスなどでは、雨は降らず、雪と風と寒気が間題なので、軽いヤッケの方が遥かに有効であった。今後は用途別の製品が必要になってくるのではなかろうか。その際バッチワークとか目方、体積それに価格の引き下げも問題になるだろう。一方雨と風と風と雪に対する山用装備としては、リュック蔽いとか、テント生地、傘なども併せて討議の対象としたい。今回実現しなかった縫製面からの発表と共に、近い将来、もう一度このようなシンポジウムの開かれることを心から期待するものである。

出席者(順不同) 安田武、斉良利忠、西川演、松永敏郎、中川武、徳久球雄、松丸秀夫、松田雄二、高遠宏、千葉重美、石田要久、中村純二、中村あや、梅野淑子、石井恵美子、木村カズコ、井上久子、中島源雄、内藤勇、秋元英郎、佐野正之、橋本行雄、入澤郁夫、松沢君子、田久保勇治、丸茂キクエ、錦織保清、古屋紘、南井英弘、雨宮節、滝正子、鈴木みち子、南川金一、曽野口肇子、林一枝、鳥居亮、斎藤敏男、砂田定夫、小川悦代、松村潤、岸栄、関清、梨羽時春、阿部隆子、吉田実、小川隆、北野忠彦、佐久間正子、久保孝一郎、森唯正、穴田雪江、時田えみ子、沼田洋一 以上53名

(中村純二)

山537-1990/3

委員会

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