■シンポジウム「最近の山岳通信の進歩」
1995年(平成7) 12月2日(土)
青山学院大学 総合研究所会議室
1「従来の山岳通信網について」芳野赳夫(電気通信大)
2「移動通信の活用と近い将来の移動通信」酒勾一成(NTT移動通信)
3「GPS通信による位置決定、山岳通信への応用」北條晴正(日本無線)
4「気象衛星による雲写真の受画」根岸秀忠(エーオーアール)
パネル討論(司会:吉野赳夫・パネリスト:酒匂一成、北条晴正、根岸秀忠)
参加者約60名 報告:山609(吉野赳夫) 予稿集:A4-29p
報告
今日、日常の電話システムに携帯電話が導入され、人工衛星利用も可能となり、GPS衛星で自己の位置が容易に検出できたり、気象ファクシミリによる雲の写真がリアルタイムで受信できる時代になった。
4人の講師をお招きし、昨年の12月2日13時30分から17時39分、青山学院大学総合研究所ビル11階会議室にて、新しいシステムの山岳地での有効利用について、平易に解説を行うとともに、将来、より安全、便利な山岳通信へ応用する可能性を、広い視点から探るためのシンポジウムを開催した。
最初は芳野赳夫会員が過去の山岳通信のたどった道を、続いて最新の三つの分野について、酒匂一成、北条晴正、根岸秀忠の三講師が講演し、最後にパネル討論で締めくくった。
■従来の山岳通信網について
戦後初めてこの問題に取り組み、長年この道に努力してきた芳野会員から、昭和25年以降現在までを第1期~第5期に分類し、各期における山岳通信発展の経緯と問題点を取り上げ、山岳通信の発展過程を振り返った。
第1期は、第二次世界大戦中に発達した移動通信技術を、戦後の大規模な登山隊の隊内連絡に応用することから始まった。芳野会員は昭和31年の第三次マナスル登山隊用に、初めてヒマラヤ用通信回線システムを設計し、サブミニチュア真空管を用いた当時としては超小型の移動用トランシーバを製作し、また登頂成功を知らせる超小型自動信号送信機を試作した。これはあらかじめ登山用通信回線を設計し、機器を開発して実行した世界最初の試みで、その後日本山岳会方式として各国の登山隊が追随した。
第2期は、半導体技術が急速に発展し、無線従事者資格が不要な27メガ市民バンドが開放され、これを携帯した登山者が、無線通信が遭難対策上非常に有効なことを認知した。
昭和40年、日本山岳協会は市民バンドに沈黙時間などを制定し、遭難早期発見と迅速な救助活動の推進を開始した。
第3期では、当初は非常に有効とみられていた沈黙時間が、やがて山以外の使用者の電波が強力に混信し、十分に機能を発揮できなくなった。
しかし、一般登山者が免許なしに使用できる無線機は市民バンドしかないため、やむをえず大変な不便を感じつつも現在に至っている。そこで登山者か誰でも使える通信網の新設を電波管理局に長期にわたり申請し続けた結果、昭和47年に使用目的を遭難対策に限って、26・708MHzが長野、岐阜、富山、山梨県の遭対協に山岳専用周波数として割りあてられた。しかし長年の夢であった一般登山者に対する無線機使用は認められないまま今日に至っている。
第4期は、通信の高周波移行と同時に、山岳遭難の未然防止と救助活動に電波利用を考え、昭和61年9月、郵政省内に芳野会員を主査とする「山岳無線利用調査研究会」が設置され、将来の山岳通信について研究を行った。郵政省は新しく移動携帯電話を新設する可能性を示唆し、第五期の到来を告げていた。
■移動通信の活用と通話区域の検索 および人工衛星を利用した近い将来の移動通信
NTT移動通信網㈱日比谷支店長の酒匂一成氏が、とくに山岳通信の観点から講演した。酒匂氏ははじめに、通信の定義を述べ、究極の通信は「何時でも」「どこでも」「誰でも」「誰とでも」「どんな情報でも」送受できるものと定義し、現在携帯電話サービスは爆発的に使用者が増加しつつあり、すでに700万契約を超え、今年度末には1,000万契約に達すると予想した。
NTTドコモでは、携帯電話・自動車電話サービス、船舶電話サービス、航空機電話サービスを提供、陸上は市町村の人口の多いエリア、高速道路や国道などの主要な生活圏をサービスエリアとしており、すでに全国の人工カバー率が97パーセントを越え、通常の生活圏での利用は不自由なくなった。しかし、サービスエリアの全国の面積率は30~35パ-セントで、山岳地帯はほとんどサービスエリア外になり、山岳地帯までサービスエリアを拡張する要求をしても、設備コストに比較して通信量(通信料)が少ないことから、面積あたりの収入率が悪化し、結局山岳のために利用者全体の負担が増すこととなり、実現は難しい。
携帯電謡のサービスエリアは、基地局から見通しのある場合には、平地では通常40キロメートルが限度であるが、谷や沢などで基地局との見通しがない場所では、電波伝播の特性から通信できなくなる場合が多い。山岳地帯での携帯電話は「通信できたらもうけもの」であり、通信ができないからといってドコモに文句を言われても責任は負いかねる。しかし実際の山岳地では、稜線上、山頂なとからは、思いもかけぬ距離と交信が可能で、実際には送信してみないとわからない
携帯電話の利点は、市民バンドなどとは異なり、公共通信網に直接リンクできるため、遭難、緊急時には直接自宅、または110番、119番に通話して救助依頼ができることである。さらに、医師に電話して治療の指示を得ることもできる。また、携帯電話はISDN回線を通していろいろな情報を送ることができるので、従来考えられなかったような新しい用途が開けている。
衛星移動通信サービスは移動通信エリアを日本全国に広げることができるので、山間部の99.9パーセントが高感度で通信可能なサービスエリアとなる。現在衛星移動サービスには二つの流れがあり、NTTドコモの静止衛星方式と、米国モトローラ社の移動衛星方式によるイリジウム計画が進行している。すでにNTTドコモは、赤道上空36,000キロメートルの静止衛星軌道にN-STAR衛星を打ち上げており、今春衛星移動通信サービスを開始するが、衛星は南方の仰角45度に位置するので、ビルの陰が多い都市部では効率が悪く山岳部のほうが遥かに利用しやすくなる。山岳用としての欠点は、距離が遠いため現在の静止衛星用電話機の大きさがノートブック型パソコン程度となることである。
イリジウム計画では、地上機器の大型化を避けるため、1998年までに高度780キロメートルに66基の軌道衛星を打ち上げ、移動電話の世界的サービスを行う予定で、複数の衛星が絶えず上空を通過し、24時間地形にかかわらず通話が可能、機器の大きさは高度が低いため現在の携帯電話機程度となり、この計画が完成すれば山岳通信には究極的なシステムとなる。日本国内は第二電電(DDI)が提携サービスを担当する。
■GPS衛星位置の決定および今後 の新技術の山岳通信への応用
日本無線㈱研究所部長の北条晴正氏が、最近力-ナビゲーションで有名になった衛星測位システムGPSについて、その位置決定の原理、管理と運用システム、サービス内容、測位誤差などについて、参加者に丁寧に、わかりやすく解説をされた。
GPS衛星はアメリカ海軍が打ち上げた電波航法システムで、従来のシステムに比較して非常に信頼性に優れており、海、空、陸上の広範な分野での利用が始まっている。GPS衛星は一軌道に4個ずつ6軌道、計24個の衛星が高度20,000キロメートル、傾斜角55度で地球の回りを周回している。この衛星は一般民間用にSPSモードと、軍用にPPSモードの二種類の測地信号を送ってきており、SPSはわざと測位精度を落としているが、SPSで水平100メートル以下、高さ156メートル以下、時刻340nS以下に保たれ、PPSでは水平100メートル以下、高さ27.7メートル以下、時刻200nSに保たれている。さらに民間用SPSについて精度向上の研究の結果、DGPS法を用いると相対測位誤差が1メートルまで改善できる。
この民生用GPS受信機は、高精度化とともに小型化、低消費電力化、低価格化が図られ、携帯用では単三電池4本で20時間も持つものが販売されている。GPSの登山における利用価値ははなはだ大きく、未知の土地における位置決定に大きな威力を発揮するとともに、地殻変動、氷河の移動、地形図の作成、霧などの中で山スキーの際の自己の位置決定などに有効に応用できる。
■気象衛星画像を直接受信するシステム
㈱エーオーアール取締役の根岸秀忠氏により行われた。㈱エーオーアールは、山岳地などで気象衛星ひまわりの画像や短波を使って気象図を受信したり、小型の気象観測装置、超小型で長波から人工衛星まで受信範囲の極めて広い、高性能機器を生産している会社である。ひまわりは赤道上の東経140度、距離35,800キロメートルに静止しており、周波数169.1MHzで、指向性の鋭いパラボラアンテナを衛星の方向に固定して受信する。エーオーアールの機器を使用する場合、直径90センチメートルのパラボラアンテナ・低雑音増幅機・同社製のAR3000型受信機、WX2000型FAXプリンターを接続し、極めて小型で簡単に受信が可能である。
ひまわりの雲画像のうち主なものは可視画像と赤外画像で毎時0分より送られ、前者は太陽光の反射の度合いを図り、雲、雪、水がより白く見えるが昼間しか観測できない。後者は物質の温度に応じて出される赤外線放射の強弱を側ったもので、温度の低い高層雲は白く、中層雲は灰色に、陸や海は黒く見え、昼夜間観測できる。その他同社製の簡易気象観測システム、ウェザーモニターⅡについて説明があり、いずれも実物を提示しての講演で、大きな機能の割に超小型で消費電力も極めて少なく、山岳などでの野外の使用もよく考慮されており、参加者は最新の技術の進歩に目を見張っていた。
最後に芳野会員の司会で酒匂、北条、根岸の各講師と、登山者を代表して科学委員会から中川、大蔵の両委員が参加し、パネル討論が行われた。中川、大蔵の両氏からは、登山者の意見として、自然を求めて山に入ってまで、下界から電話が追いかけてくることは我慢がならない、と至極当然な発言があった。このシステムの導入は長電話を目的としているのではなく、緊急時に確実な連絡ができることを目的としているので、バッテリーの消耗を防ぐためにも晋段は電源スイッチを切っておく。また電話番号をやたらに他人には教えないで、山からはもっぱら送信用とすることで、この問題は解決できる。
山岳会としては、携帯電話は普段の生活にも有効に使えることを考え、登山者が携帯電話を携行することを強く推進していきたい。その場合は、人工衛星通信が実用化されるまで、携帯電話会社にシーズン中の山中臨時基地局の設置を要求したり、緊急時に110番、119番を直接呼び出した時、管轄区域外の所轄署に電話が接続される場合があるので、スム-ズに最寄りの所轄に電話の接続を依頼するなどの要求が出され、参加者を交えて活発な討論が繰り広げられた。
参加者数約60名。なお、当日の予稿集があります。ご希望の方は〒201狛江市岩戸南3-13-6森武昭(TEL&FAX03-3488-4670)宛、770円(送料込み)を同封してお申し込みください。
(芳野赳夫)
山609-1996/2月号
予稿集 目次
はじめに
1、従来の山岳通信網について(アマチュア無線の利用を含めて)・・・・・・・・2
電気通信大学名誉教授・日本山岳会 芳野 赳夫
2、移動通信サービスとその動向 - 山岳通信の観点から -・・・・・・・・・・・8
NTT移動通信網株式会社電波部長 酒匂 一成
3、GPS衛星による位置の決定および今後の新技術の山岳通信への応用・・・・・・・12
日本無線株式会社 研究所 部長 北条 晴正
4、気象衛星(ひまわり)画像を直接受信するシステム ・・・・・・・22
株式会社エーオーアール取締役 根岸 秀忠
1995年12月2日発行 A4-29ページ