■火山ガス シンポジウム
1998年(平成10) 9月19日
法政大学市ケ谷キャンパス
科学技術庁主催、日本山岳会後援
第1部 パネル討論会
コーデイネータ:小坂丈予(東工大名誉教授)
パネリスト:国立研究機関(地質調査所、防災科学技術研究所、資源環境技術総合研究所、国土地理院、気象研究所)の研究員
第2部 「火山ガス事故から身を守るためには」
コーデイネータ:森武昭(科学委員会理事)
パネリスト:後藤乙夫(環境庁自然保護局)、矢野英二(帝京大医学部)、千葉茂(福島南高校教諭)、井原敦(読売新聞運動部)、一力英夫(朝日旅行会・本会会員)
参加者約100人 報告:山642(森武昭)
リーフレット「火山ガスから身を守るには」(A4-10P)
報告
火山ガスの危険性を訴える
---本会も後援してシンポジウム開催---
昨年9月15日に、安達太良山で登山者四名が火山ガスで死亡した事故は、われわれの記憶に新しい。これを含めて、昨年一年間で9名が火山ガス災害で亡くなっている。
このため、環境庁は環境基本計画による「国立公園内等における火山ガス中毒事故発生及び安全対策に関する緊急調査」を実施し、「わが国の火山ガスの実態及び火山ガス事故の状況調査報告」として公表した(本会図書室にも寄贈されている)。
その結果、わが国の57の火山・地域の640ヵ所以上の噴気孔で火山ガスが噴出していることが確認された。また、1950年以降少なくとも11の火山・地域で49人が火山ガスで死亡していることも確認された。
一方、科学技術庁では、火山ガス災害防止のために平成9年度科学技術振興調整費で 「火山ガス災害に関する緊急研究」を実施した(会報634号6ページ参照)。そこで、秋の行楽シーズンを前に、この研究成果の報告とその成果を今後どう役立てるかを目的に、同庁主催で関係省庁と本会が後援して、9月19日午後、法政大学市ヶ谷キャンパスでシンポジウムを開催した。当日は、研究者・自治体関係者・関連メーカー・登山者など約百名が参加し、熱心な討論が繰り広げられた。
第一部では、東京工大名誉教授小坂丈予氏がコーディネーターとなり国立の5研究機関(地質調査所・防災科学技術研究所・資源環境技術総合研究所・国土地理院・気象研究所)の研究者がパネリス』トとなって「火山ガスについて何か解ったか」という表題で今回の緊急研究の成果をわかりやすく報告した。
第二部では、筆者がコーディネーターとなり、「火山ガス事故から身を守るためには」という表題で今回の研究成果をどう役立てるかを議論した。環境庁自然保護局の後藤乙夫氏、帝京大学医学部の矢野英二氏、福島南高校教諭の千葉茂樹氏、読売新聞運動部の井原敦氏、朝日旅行会の一力英夫氏(本会会員)の5名のパネリストがそれぞれの立場から意見を述べ、その後フロアからの発言も交えて意見交換した。時間がなかったため十分な討議が行えず、今後の方向性を必ずしも明確にできなかったのが残念であった。
本稿では、このシンポジウムの報告をかねて、火山ガスの危険性と対処法をできるだけわかりやすく説明すると共に、今後の課題に関する筆者の見解を以下に示す。
1、火山ガスの種類
図(3ページ)のように、火山ガスには高温型と低温型の二種類がある。
高温型は、マグマから直接地表に放出されるむので、火山活動と密接な関係があり、水蒸気を多量に含んでいるのが特徴である。この型では、二酸化硫黄(S02)が問題となる・
低温型は、ガスが地中を上昇中に水の凝縮やガス成分同士の反応などによる変質が進んだもので、硫化水素(H2O)と二酸化炭素(CO2)が問題となる。火山活動が沈静化するにしたがって、山腹や山麓の噴気孔(小規模だが数が多い)から放出されることが多い。次に各ガスの特徴と対処法について述べる。
2、二酸化硫黄(亜硫酸ガス)S02
浅間山・三原山・阿蘇山・桜島など火山活動の活発なところで温度の高い水蒸気と共に、火口やその周辺の噴気孔から放出される。その上無色だが不快な強い刺激臭があるので、ガスの存在は分かりやすい。このガスは、非常に水に溶けやすいので、濡れたティツシュ(濡れタオルならさらによい)などで鼻や口を覆うだけでも有効な対策になる。一般に健常者であればほとんど問題とならないが、喘息患者にとっては極めてわずかな濃度(0.2ppm)でも発作を起こし、死に至ることがあるので、十分に注意する必要がある。
阿蘇での火山ガスによる死亡者の大部分は喘息患者であったことが確認されている。わが国では、本人が自覚していない潜在的喘息持ちが人口の四パーセントいると言われている。阿蘇では年間百万人が訪れるので確率的には四万人が危険な条件下にあるということになる。したがって、喘息の治療を受けている人はもちろん、喘息の恐れのある人は、水蒸気を噴出している火山の火口付近には絶対に近寄ってはならないし、この情報を周知徹底する必要がある。
3、二酸化炭素(炭酸ガス)C02
地下マンホールに作業員が入るときに酸欠状態になっていないかを確認しないで事故が起きるケースがあるのと同じように考えればよい。このガスは無色無臭で、噴出個所周辺の植生にも変化がないので気づきにくい。しかし、死を招くような高濃度になるのは、洞窟や窪地のようにガスが滞留する個所のみなので、地形に注意すればほとんど問題になることはない。わが国での死亡事故としては、昨年の八甲田山での事故が唯一確認されているだけである。
なお、二酸化炭素に関しては、酸欠の検出装置を持参して安全を確認する以外には、高濃度になる恐れのある個所に近づかないことが唯一の対処法なので、この点は十分に注意する必要がある。
4、硫化水素H2S
このガスは、非常に毒性の強い神経性のガスで、呼吸中枢を麻痺して呼吸困難をもたらす。昨年の安達太良山を含めて、いままでの火山ガス災害の大部分を占めており、対応も難しい。硫化水素は無色で、卵の腐ったような悪臭を放つが、高濃度になると嗅覚が麻痺していつのまにか悪臭を感じなくなってしまう。山腹や山麓の噴気孔から放出されるが、火山周辺の温泉水からも分離発生し、目に見えない形でじわじわ出ているため危険である。比重が空気よりも重いので、無風または微風の際に窪地や谷のような低い地形のところに滞留する。
一般に、噴出個所周辺では、植生の変化、地肌の変色、キツネ・ハチなど小動物の死骸の存在などの目に見える影響を伴うことが多いので、このような場所には近づかないことが重要である。安達太良山の地元研究者からは、事故のあった沼の平近くにあった硫黄鉱山(現在は廃鉱)では、晴天や雨天のときは心配しなかったが、曇天で風が弱い日には注意していたこと、釘の色が赤いときは心配しなかったが黒く変色したときは近づかなかったこと、が報告されている。
対処法としでは、水に溶けやすいので濡れタオル等で鼻や口を覆うとある程度有効とされているが、硫化水素の危険が指摘されている山城には、前述のような気象条件のときには、低い地形に近づかないことが何よりも大切である。
なお、万一他の登山者の事故に遭遇したときには、意識を失っても即死することはないので、できるだけ助け出す努力をしなければならないが、二次遭難の危険が大きいので、その対応には十分な注意が必要である。具体的には、少なくとも濡れタオルで鼻や口を覆うこと、低いほどガス濃度が高くなっているので決して身を低くしないこと、大きな息を吸わないことを原則として、後は現場の状況に応じて対処せざるを得ない(『岳人』十月号147~152ページ)。
登山は危険を伴うものであり、その行動は各自の自己責任で判断するのが大前提である。火山ガスについて言えば、その判断材料をいかに提供するかが今後の課題である。具体的には次の二点に集約される。
①今回、環境庁が火山ガス災害の危険性のある山の地図を作成したのを受けて、該当する山城の地方自治体
で、具体的なガスの噴出地点や危険個所の地図を作成し、一般に公開して登山者の判断材料に供するべきで
ある。
②自治体のみでは科学的裏付けとなるデータを得るのは困難なケースが多いと思われるので、今回の緊急研
究に参加した研究者または研究機関がサポートして、より正確で最新のデータ(噴気孔は移動することかあるし、常時一定量を噴出しているとは限らない)を収集するように努める必要がある。そのためには、予算面を含めて、国・地方自治体・地元関係者が有機的に連携して取り組むことが重要である。
筆者は火山ガスについては専門外であるが、今回の緊急研究に登山者の立場から参加して、「火山ガスは
恐ろしくて危険であるが、ガス災害に関して正しい知識とデータを持ちあわせていれば、事故は確実に防げるし、安全登山に支障をきたすことはない」ということを改めて認識させられた。 (科学委員会理事)
山642(1998/11号)
火山ガス シンポジウム
第1部 パネル討論会
コーデイネータ:小坂丈予(東工大名誉教授)
パネリスト:地質調査所
防災科学技術研究所
資源環境技術総合研究所
国土地理院
気象研究所)の研究員
第2部 「火山ガス事故から身を守るためには」
コーデイネータ:森武昭(科学委員会理事)
パネリスト:後藤乙夫(環境庁自然保護局)、
矢野英二(帝京大医学部)、
千葉茂(福島南高校教諭)、
井原敦(読売新聞運動部)、
一力英夫(朝日旅行会・本会会員)
会場で配布されたパンフレット(pdfファイル)
最近の火山ガス災害
平成9年は、様々な火山ガス事故が発生し、9名が死亡しています。国内の火山ガス中毒事故による年間死亡者としては最も多く、しかもそれぞれ別な種類の火山ガスが原因となっています。
●日時:7月12日
●場所:青森県八甲田山の田代平の窪地
●死亡者:自衛隊員3名
●原因:二酸化炭素
●状況:夜間演習中の陸上自衛隊員23人の内、負傷で離れた隊員の1人が過って急斜面の凹地に落ち込んだ。これをけようとした隊員が次々と呼吸困難から意識不明となって18名が倒れ、3名が死亡した。
●日時:9月15日早朝
●場所:福島県安達太良山の沼ノ平
●死亡者:登山者4名
●原因:硫化水素
●状況:14人のパーティの一行が、沼ノ平付近で霧のためにルートを見失い、有毒ガスが滞留していた沢に足を踏み入れ、4名が死亡した。事故当時、山頂付近はほとんど無風状態であった。
●日時:11月23日
●場所:熊本県阿蘇山中岳第一火口周辺
●死亡者:観光客2名
●原因:二酸化硫黄
●状況:午前9時半頃、51歳の男性が火の国橋付近で倒れ、病院に搬送されたが死亡した。この男性は喘息の持病を有していた。午前10時40分前後62歳の男性が同じ火の国橋付近で倒れ死亡した。当日は5m/秒程度の北風が吹いていた。
研究成果をどう活かすか
火山ガスの事故には、次の3つの条件が関係しています。
1.火山ガスの存在(発生)
2.比重の重いガスがたまりやすい地形(窪地や谷)
3.その溜まったガスが拡散しないような気象条件(無風状態)
このような視点から、本緊急研究の成果を見てみましょう。
○高温型火山ガス(二酸化硫黄)について分かったこと
●高温型火山ガスの組成や放出量は、火山活動に関係して変化します。そのため、マグマからの火山ガスの放出
過程を研究することにより、二酸化硫黄の放出が活発になるのはどのような時期かを知ることが、火山ガス防災
上重要です。
●二酸化硫黄はごくわずかな濃度でも喘息の発作を引き起こします。二酸化硫黄の濃度は低濃度の場合風向や
風速により大きく変化します。阿蘇山を対象にしたシミ ユレーションの結果、実測された火山ガスの濃度や分布
が有効に再現できました。様々な気象条件でシミュレーションすることにより、現場での立ち入り規制の必要性
の有無や規制の範囲設定等を有効に判断できる材料を、提供することが期待されます。
○低温型火山ガス(硫化水素、二酸化炭素)について分かったこと
●火山ガスの噴出地点は、電気抵抗が小さい(電気が流れやすい)場所であることがわかりました。この火山体の
電気抵抗を測る方法は、ガス噴出地点の推定に有効と考えられます。中でも、二酸化炭素は無味・無臭で、周辺
での植物の枯死が無いなど、これまでは噴出地点の推定か困難なガスでしたが、この手法の適用により噴出地
点の推定が期待されます。
●千ppm以上の高濃度の硫化水素を計測できる小型可搬の火山ガス観測装置を開発・試作しました。これによって、
噴気地帯で迅速かつ精度良く火山ガス観測を行うことが出来ます。
●安達太良山沼ノ平のシミュレーションの結果では、地表面温度が低い場合は硫化水素は低い地形に移動するが、
火口底の地温が高い場合は、沢に沿って硫化水素の気塊が上昇する傾向があることが判明しました。
火山ガスから身を守るために(こんな地形が危ない)
●低温型の火山ガスは、目に見えない形でじわじわと噴出している場所もありますので、ガスが拡散しにくい無風状態の気象条件の時には、ガスが溜まりやすい地形に近づかないことが重要です。火山ガスは空気より重いという性質により、地形的に低いところに集まり、移動が妨げられたり、速度が鈍らされる地点では滞留します。こうした場所ではガスの層が周りより厚くなり危険が増します。
①凹地
穴のように壁が急傾斜で小さな凹地は、ガスが一旦入り込むとそこから出にくく、長い時間滞留します。
②谷地形
上流でガスが噴出している谷は、下流でガスが集積しやすく、狭くて深い谷底ではガスの層が厚くなるので、広
い場所から谷に入る場合は注意が必要です。また、谷はガスが拡散するときの通り道になり、谷が狭められたり
屈曲する地点、谷底の傾斜が緩くなる地点などでは、ガスの移動速度が遅くなるので滞留が起こります。
③平坦な地形
地表面が冷やされていると、低温の火山ガスは水のように低いところに向かって移動します。平らに見える地形
であっても、わすかでも低い場所はガスの層が厚くなっていることが考えられます。また、平らな地形が崖や急
斜面で遮られる場所は、谷底の地形に似ておりガスが集まりやすい地形です。
③平坦な地形
地表面が冷やされていると、低温の火山ガスは水のように低いところに向かって移動します。平らに見える地形
であっても、わすかでも低い場所はガスの層が厚くなっていることが考えられます。また、平らな地形が崖や急
斜面で遮られる場所は、谷底の地形に似ておりガスが集 まりやすい地形です。