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公益社団法人日本山岳会

要所口~焼曽根山~じっきら松~薬師岳~大日岳(一泊二日の単独行)

 先月の烏帽子山踏査時、山頂からは以前より気になっていた薬師岳を形成する尾根が良く見えた。聞き覚えのある名前でヒルノコウゲ尾根と言うらしい。末端が裏川へ続く尾根は当然踏査をするならば裏川を辿れば良いのだろうが、沢を登る技量が自分にはなく、思案していた。ふと、隣のピークであるじっきら松を見るとヒルノコウゲ尾根末端と同位置に伸びる尾根があった。 帰宅後に沢屋の山行記録を確認するとちょうどその部分だけ沢床が河原になっており、降下し何とか渡渉ポイントとして使えるのではないだろうかと思えた。降りれるかどうかは現地で確認しよう。行って確認していないエリアはなかなか手の出ない不安や恐怖の対象でもあるが、その尾根は可能性に見えた。

                       薬師岳と西大日岳 

6月12日早朝2:45旧実川集落の舗装された大きな駐車場から歩き出す。泊り装備のいつもよりやや重いリュックは歩けば朝の冷え込みを感じることはなく、体はすぐ暖かくなった。2年前の大雨被害により裏川堰堤までの林道は何ケ所かで土砂崩れが発生し現在補修工事中である。堰堤から要所口までは昔より使われていたであろう踏み跡をたどる。1時間強も歩けば要所口の渡渉ポイントである。山深くここは誰もいないことをいいことに下半身はパンツ一丁で渡る。あまりの冷たさに痛みを越えて足の感覚が麻痺していく。歩いて暖かくなった体は裏川で急速に冷却され焼曽根山への尾根に備えられた。焼曽根山への尾根は非常によく踏まれた跡が今もある。稜線上の烏帽子山への経由地であるしマタギの通行路でもあったのだろうか。今は訪れる客人は相当少ないはずである。しっかりした三角点が今も残る焼曽根山の山頂から北側の傾斜地を灌木づたいに下降する。

じっきら松への尾根は櫛ノ倉沢沿いにあり、以前じっきら松に登った時を思い出し、尾根取り付きへは迷うことなく下降出来た。櫛ノ倉沢にて水分補給をする。時刻は7:00を過ぎ、沢沿いにも光が差し込みはじめた、本日は暑くなりそうだ。じっきら松への尾根は焼曽根山の踏み跡に比べれば薄くはなるものの、歩行を十分に助けてくれるレベルで残っている。他の山への経由地にならないじっきら松は、山々の中で孤島の様な雰囲気のあるところだ。登り始めて3時間、汗だくになり1本目のペットボトルの水がなくなるころ、山頂は近づき、北側正面には烏帽子山が、東側の沢を挟んだ隣には薬師岳へのヒルノコウゲ尾根がしっかり見えてくる。今回の懸案パートであるじっきら松から裏川へ落ち込む尾根を眼前に捉える。      

山頂手前、やや広くなったところから尾根が分岐している。岩が風化したザレ場と灌木のミックスしたような尾根だ。切れ落ちているところもあるので慎重に降りよう。高度にして600m、尾根のラインを外さぬように降りていくとだんだんと沢の音が大きくなってくる。尾根の末端である、「沢から10mは高い」これではそのままでは降りれない。下流はゴルジュになり不可。上流はと、焦らず落ち着いて確認すると獣が水を飲むために沢に降りるようなポイントがあった。人間は枝をつかみ何とか河原へ降りることが出来た。祝福するように大きなヤマカガシが石の隙間から出迎えてくれたので肝を冷やす。何年たっても蛇は苦手だ。

優しい表情を見せる裏川

ここでは裏川渡渉後に水分補給も含め休憩を入れた。時刻は12:00。服を洗濯し、両足を沢に付けしばらく沢風に身を任せていると、こんな初夏の陽気でもひんやりとしてくる。今日の行程としではヒルノコウゲ尾根を1000m地点まで上がり、以降は明日の予定にしている。持てる水分には限りがあり、補給地点(稜線上の雪稜)まではまだまだ遠いので汗をなるべくかかぬようにゆっくりと歩いた。木々の間からは直線的なラインの矢沢が見えた。尾根は初めやや細めに伸びてゆく。獣も人も歩く場所が集約するために踏み跡が強い。また、途中のブナには鉈目がつけてあった。数本につけてあったためかなりの往来があったものと思われる。鉈目には苗字、熊が使われた文章などが見受けられた。このような奥地にマタギのつけたものなのだろうか?

順調に踏み跡をたどり高度を上げていく。午後3時を回った。1000mを超えたあたりからツエルト一張り分の平地を探す。ちょうど根ごと倒れた木で平らになった地面を見つけツエルトを張り本日の宿とした。そよそよと流れる風のなか陽が沈み静かに時間が過ぎていった。就寝PM8:00

 6月13日午前2:00に起床し味気ないシリアルで朝食を済ませ、あと片付けをした。東の空が明るくなり始める3時過ぎに歩き始める。踏み跡は薄くなり、また濃くなりを繰り返す。高度が1400mを超えると尾根一面を笹が覆うようになり踏み跡は消えたが見通しがきくようになる。新潟側には烏帽子山、福島側には櫛ケ峰、西大日岳が雄大に見える。この景色の為に飯豊に登るようなものだ。やや雲がかかっていたからだろうか、朝露のない笹漕ぎだ。2時間も笹を漕ぐとさすがに昨日の疲れが出始める。横に目をやると豊富に残った雪渓に目が行く。山頂まで途切れることなく伸びる雪渓はまるでここを歩けと呼んでいるかのようだ。薬師岳の山頂まで笹漕ぎをしたかったが疲れと誘いに負けて最後は雪渓を使わせてもらった。

  荒々しい烏帽子山              薬師岳手前のピーク

薬師岳手前のピークに立てば笹に別れを告げ、快適な雪稜歩きとなる。360度の展望に今までの苦労が一気に報われるようである。稜線には遅い春が訪れており、草原にはハクサンイチゲの群落が、小さな池塘にはカエルたちが、お出迎えをしてくれた。西大日岳手前の草原で横になり目を瞑った。疲労困憊の体には稜線の風が気持ちよい。ハクサンイチゲに囲まれながらよくここまで来たなと大休憩とした。

                   オンベ松から大日岳を望む

ゴロゴロとはるか遠くで雷鳴が聞こえる。昨日からの道程に思いをはせながらやや早歩きで大日岳、牛首山と稜線を辿ってオンベマツ尾根を下り、崩壊著しい林道を歩き実川集落跡へ戻った。

深い深い飯豊の中を少しだけ開いたドアからそっと覗くことができたような、そんな山行であった。                多田 和広 記  

 

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