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公益社団法人日本山岳会

令和5年度 西沢渓谷・山開き 山岳指導所開所式 ならびに 第6回田部祭

令和5年度 西沢渓谷・山開き 山岳指導所開所式 ならびに 第6回田部祭が2023/04/29に、行われました。

田部祭様子

<山梨支部 北原孝浩>
第6回田部祭は4月29日の西沢渓谷の山開きの日に行うことになったとの連絡が山梨市観光協会三富支部長雨宮巧氏からあり、併せてその山開き式典に参列の要請があった。また、山梨市役所観光課観光企画担当の長谷川誠氏からも「令和5年度 西沢渓谷・山開き 山岳指導所開所式」に参列して欲しい旨の打診があった。

★令和5年度 西沢渓谷・山開き 山岳指導所開所式
山梨市観光協会三富支部および日下部警察署主催で、4月29日午前8時30分から、西沢渓谷のドライブイン不動小屋北側駐車場で行われた。
主催者あいさつとして、雨宮氏が時候の挨拶と臨席への挨拶に引き続き、「本年は今まで別の日に開催していました田部祭もこの後執り行うこととあいなりました。田部重治さんと木暮理太郎さんがこの山域に足を踏み入れたのは、いまから114年前のことになります。金峰山から甲武信ヶ岳に至り笛吹川の源流域に想いを馳せて6年後の5月笛吹川を遡り東沢を踏破し信州に至っています。そのときの感動を紀行文にし『笛吹川を遡る』を出版し、これが全国へと広まった言わば、山梨市観光の大恩人であります。そんな関係から本日は、日本山岳会山梨支部の支部長北原さんはじめ多くの皆様にご参加を頂きました。」と述べられた。
続いて、山梨県日下部警察署長進藤明氏の挨拶があり、その後、日下部警察署山岳救助隊の紹介が行われた。
引き続いて神事に移り、修祓の儀など一連の神事が行われ、臨席(参列)の方々と玉串奉奠をした。そして臨席者の紹介と来賓祝辞の後、登山口を清める儀が行われ、山梨市長高木春雄氏が神官から手渡された剣を手にして、登山口に張られた縄を切った。やがて、山開き式典を観ていた登山者や観光客が一斉にこの清められた登山口を通って新緑輝く渓谷へと進んで行った。
登山者や観光客に対して紅白の安全祈願餅が配られ、甘酒がふるまわれた。

★第6回田部祭
西沢渓谷山開きに伴う一連の式典終了後、われわれ山梨支部の参加者は田部祭を行う西沢渓谷入り口の西沢山荘前に移動し、式典は11時から行われた。
田部祭は西沢山荘前の西沢渓谷への下り口にある田部重治氏の文学碑前で例年行われる。主催者の山梨市観光協会三富支部長雨宮巧氏が挨拶の中で「108年前の5月 田部重治、木暮理太郎、中村清太郎の三人が新緑の中、笛吹川を遡りこの付近に来て、今とは違う淵と釜が連続する景色と異様にそびえる鶏冠山を仰ぎ見た時の感動、胸の高鳴りが私達にも聞こえて来るような気がいたします。田部さんの著書『峠と高原』の中に〝山を思う”と言う一節があります。そこには〝私は渓谷が好きだ、なかでも笛吹川を遡行しホラの貝の滝を初めて見た時、そしてそこから信州へ突破した時ほど渾然とした自然の彫琢の美を感じたことがない”と述べられています。」と紹介されました。
登山靴をイメージして作られたこの大きな石の文学碑には、田部重治氏の著書『笛吹川を遡る』の中の「ほら貝のゴルジュ」の一節「見よ!笛吹川の渓谷は狭まりあって見上ぐるかぎり上流の方へ障壁をなし、その闇に湛える流れの紺藍の色は、汲めども尽きぬ深い色をもって上へ上へと続いている」と刻まれているが、この文字は故近藤信行氏(日本山岳会員、元山梨県立文学館館長、2022年7月没)の筆跡である。この大きな文学碑にはめ込まれている田部重治のレリーフは、2019年の第2回田部祭の際に彼の玄孫の田部泰一氏らによって除幕された。
主催者の挨拶の後、式典に参加した日本山岳会山梨支部員がそれぞれ白い菊の花を献花し、記念撮影をして今年の田部祭がお開きになった。
式典後は恒例の西沢渓谷の遊歩道周回ハイキングを実施した。渓谷は新緑が美しく映え、次々に現れる大小の滝、そして渓谷右岸の石楠花は当たり年だと地元の方から聞いてはいたが、ことのほか華やかで美しく見事であった。 

                                                                                             以上

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