先人の精神を受け継いで、山岳伝統文化を守ろう
各地で行われています山岳祭を絶やさず将来に繋げるために「引き継がれる山岳祭」というプロジェクトを立ち上げました。
山岳祭を”継続”、”支援”、”広報”、”交流”をキーワードに、途切れることなく盛り上げ、先人の精神と登山の歴史を受け継いでいくことが目的です。
山岳祭は、山岳伝統文化を守ろうとする熱意ある会員や地元関係者により継続されており、各支部にとって重要なイベントであります。
世代を越えて響き合い、継承されてきたこれらの山岳祭を、私達はよく知り、先人を顕彰していきたいと存じます。
日本山岳会 会長 橋本しをり
2024年の予定
※以下の写真は過去のものです。
小島烏水祭
令和6年4月6日(土)
高松市 峰山公園
日本山岳会主催(日本山岳会四国支部主管)
四国支部設立(2012年)と共に初代会長小島烏水の顕彰を行うためにこの山岳祭が始まりました。
小島烏水は横浜で活躍し、富士山、槍ヶ岳登山のイメージがありますが、出身地は現在の香川県高松市(生後~2歳頃まで在住)。
紛失していた小島烏水のレリーフが、四国支部設立の年に、上高地にある当会の上高地山岳研究所で偶然発見され、山岳祭会場の高松市峰山公園の記念碑に設置したものです。
それから毎年、小島烏水の功績を偲び、式典と懇親会を行っています。
現在、小島烏水のご子孫も支部会員として毎年山岳祭に参加しています。
深田祭
令和6年4月21日(日)
韮崎市穂坂 深田記念公園
韮崎市観光協会・白鳳会主催(日本山岳会山梨支部は実行委員)
深田久弥は茅ケ岳登山中に急逝しました。
その登山口、深田公園の顕彰碑前で、氏の遺徳を偲ぶ式典を行っています。
氏の没後10年目の1981年(昭和56年)4月に深田祭実行委員会主催で行われ、以後毎年4月第3日曜日に開催しています。
この顕彰碑には「百の頂に百の喜びあり」と氏の言葉が刻まれています。
また、茅ケ岳山頂直前稜線の終焉の地には「深田久弥先生終焉の地」と刻印された慰霊碑があります。
この慰霊碑は山梨支部員4名が作成設置したもので、氏が倒れた際は山梨支部員が救助搬出に尽くしました。
山梨支部では碑前祭に毎年参加献花し、茅ヶ岳記念登山を実施しています。
久弥祭
令和6年4月28日(日)
加賀市 富士写ヶ岳麓の九谷ダム
久弥祭実行委員会主催(日本山岳会石川支部は実行委員)
久弥祭は深田久弥を愛する会(現NPO法人深田久弥と山の文化を愛する会)が主宰し、主に深田久弥山の文化館での行事として行っていました。
2016年(平成28年)の祝日「山の日」施行を契機に、石川県内の主要山岳関係団体が富士写ヶ岳山頂に深田久弥のレリーフを刻んだ方位盤を新設。
その結集した力で久弥祭を盛り上げ、久弥ファンのみならず、誰でも気軽に参加できる山岳祭としたいと考えています。
富士写ヶ岳は深田久弥が生まれて初めて登った山です。
田部祭
令和6年4月29日 昭和の日
山梨市 西沢渓谷の田部重治文学碑前
山梨市観光協会三富支部主催(日本山岳会山梨支部は後援)
西沢渓谷を含む笛吹川源流域を世に広めた登山家、英文学者田部重治の功績を偲ぶ碑前祭(山梨市三富支部主催、後援山梨支部ほか)です。
田部重治の著書『日本アルプスと秩父巡礼』が登山大衆化を促したと言われていることから、山梨支部は碑前祭開催を地元行政に働きかけてきました。
第1回田部祭は2018年(平成30年)に田部重治文学碑前で開催。
翌年田部重治のレリーフを文学碑に埋め込む除幕式に氏の玄孫が参加しました。
2023年(令和5年)には西沢渓谷山開きの4月29日に行い、今後この山開きの日に併せて開催します。
岡野金次郎碑前祭
令和6年5月25日(土)
平塚市湘南平 岡野金次郎顕彰碑前
日本山岳会神奈川支部ほか
岡野金次郎は日本山岳会の設立に際して多大な功績のある恩人です。
晩年は平塚市で過ごし、歿後の1961年に湘南平に平塚市と市民の協力で顕彰碑が建てられました。
2024年は岡野金次郎生誕150周年にあたり、第一回の岡野金次郎碑前祭を全国支部懇談会に併せ開催いたします。
泰澄祭
令和6年5月26日(日)
越前町 越智山
日本山岳会福井支部主催
白山開山の祖、越の大徳と呼ばれた泰澄大師を祭るものです。
1989年(平成元年)福井県越前町「越知山泰澄塾」主催の「越知山泰澄ウォーク」にサポート参加したのを皮切りに、2008年(平成20年)から日本山岳会福井支部が主催する「泰澄祭」を併催。
登山と山岳祭をつなげたイベントとして毎年5月最終日曜に開催しています。
毎回一般公募100名前後に支部会員10数名、泰澄塾会員数名がサポートし、行者道より越知山(標高613m)を2時間30分かけて歩き、室堂において神事・楽団演奏・泰澄汁の提供を行っています。
ウェストン祭
令和6年6月1日(土)~2日(日)
松本市 上高地梓川右岸ウェストン広場
日本山岳会主催(日本山岳会信濃支部主管
日本山岳会で最も歴史ある山岳祭。
1937年(昭和12年)、ウェストンが日本政府から勲四等瑞宝章の授賞したのを記念し、日本山岳会がレリーフ(佐藤久一朗作)を上高地に設置しました。
戦時中このレリーフは会員により秘密裏に撤去保管され、戦後の1947年(昭和22年)に槙有恒、松方三郎らが元の地に戻した復旧式が第一回のウェストン祭となりました。
イベントは地元行政、交通会社、旅館組合などからの協力を受け継続されています。
ウェストン祭前日は記念山行(徳本峠越え)、碑前祭当日は関係者のご挨拶、コーラスと記念講演の後午餐会と一連の行事が行われます。
播隆祭
令和6年6月2日(日)
富山市 河内地内の播隆上人の生家跡
日本山岳会富山支部主催
1983年(昭和58年)5月8日、富山支部が創立35周年を記念して建立した播隆上人顕頌碑の除幕式として開催したのが始まりで、第一回は本部から佐々会長などが参加しました。
2013年(平成25年)から6月第一日曜日が恒例となりました。
式典は富山市河内地内にある播隆上人の生家中村家跡地の顕頌碑前で行われ、播隆上人にまつわる資料展示や元住民の方から講話をいただいています。
富山支部は播隆祭に合わせて高頭山登山道の整備を行い、式典後に高頭山記念登山を実施しています。
高頭祭
令和6年7月25日(木)
新潟県 弥彦山大平園地
日本山岳会越後支部主催
高頭翁が13歳で初登山し、感銘を受けた山の原点となる弥彦山頂に、越後支部は1950年(昭和25年)寿像建立し高頭祭を開催しています。
その後現在地の大平園地に移設され、1973年(昭和48年)から7月25日弥彦神社灯篭祭りの弥彦山たいまつ登山祭と同時開催。
今は全国山の日事前行事として実施しています。
越後の山並みと日本海や佐渡島を望む大平園地寿像碑前で、多くの岳人が遺徳を偲び献花・献酒のセレモニーを行います。
その後たいまつ登山祭は、夕闇迫る頃に山頂からたいまつを灯し弥彦神社にご神火奉納し、花火打上と神輿で賑わう市街を行進します。
藤木祭
令和6年9月29日(日)
兵庫県芦屋市 高座ノ滝前
日本山岳会関西支部と大阪府山岳連盟と兵庫県山岳連盟の共催
藤木祭は1989年(平成元年)から関西支部と大阪、兵庫山岳連盟の山岳3団体共催で実施されてきました。
すでに1963年(昭和38年)に彫刻家佐藤久一朗会員の手で作成された藤木九三氏のレリーフが芦屋川高座ノ滝横に設置されていて、藤木祭はこの地で、藤木九三氏の誕生日にあたる9月30日前後の日曜日に開催しています。
近代日本の登山活動発展に寄与した藤木九三氏とロッククライミングクラ(RCC)を顕彰し、関西岳人たちの交流の場を提供してきました。
今年はRCC発足100年に当たるため記念式典開催を目指します。
木暮祭
令和6年10月20日(日)
北杜市 増冨ラジウム峡金山平
木暮碑委員会主催(日本山岳会山梨支部は運営事務局)
奥秩父の山を登山の対象として世に広めた木暮理太郎の遺徳を顕彰するため、毎年10月第3日曜日に増富ラジウム峡の奥、金山で開催。
氏没後、山梨支部や霧の旅会、地元観光協会などがレリーフを造り金峰山を見渡せる岩に埋め込み、有志が参拝していました。
1959年(昭和34年)台風でレリーフが崩壊し、復興のため木暮碑委員会(日本山岳会、同山梨支部など6者で構成)を立ち上げ、現木暮碑を再建。
この再建記念式典が第1回木暮祭(1960年10月)です。
現在木暮碑委員会は増富ラジウム峡観光協会、山梨県山岳連盟、山梨支部で構成され、山梨支部が事務局になっています。
槙有恒碑前祭
令和6年10月27日(日)
北九州市門司区 風師山 風頭
日本山岳会北九州支部主催
1956年(昭和31年)に日本山岳会がマナスルに初登頂後、槙有恒隊長は登山の支援を頂いた毎日新聞西部本社(当時旧門司市)を表敬訪問し、風師山にも立ち寄られました。
その折の感慨を述べた一文『この頂に立つ 幸福の輝きは これをとらふる 術を知りし山人たちの 力によるものなり』が山頂の記念碑として残されました。
その後、槇さんの業績を知る者が少なくなり、森元会長の助言を受け2016年に略歴碑が設置されました。
地元山岳会が槇有恒碑前祭として行ってきた山岳祭は2017年に日本山岳会北九州支部に引継ぎ要請があり、継続されています。
宮崎ウェストン祭
令和6年11月3日 文化の日
宮崎県高千穂町 三秀台
高千穂町と日本山岳会宮崎支部の共催
1890年(明治23年)にウェストンが祖母山に登った記録が発端で、地元の北稜山岳会が山岳祭を始め、その後高千穂町と宮崎支部の共催で開催しています。
開催場所の三秀台からは祖母山が眺められ、ウェストン生家から贈られた石(ヨークシャー石)を嵌めた高さ7mの碑に鐘がついています。
情熱を込たイベントを衰退させることなく盛り上げるべく、地元地域の方々も参加しています。
日本山岳会の九州五支部(福岡、北九州、熊本、東九州、宮崎)の交流と連携を保つ場にもなっています。