ドイツの科学者シュラーギントワイト兄弟の『インド及び高地アジアの科学調査報告』全9巻の予定が第4巻(1861~66年、ライプチヒ&ロンドン)で終わっているが、その付録の大図録集『アトラス』は1861年に出た。驚くほどの大判(95×63cm)で、厚手の用紙を使ったリトグラフ(石版画)。全4篇(パーツ)にわかれ、色彩の美しいパノラマ、風景、地図など、全部で44葉(46図)が入っている。
その中でもっとも有名なのは第1図の「ネパール・ヒマラヤのガウリサンカル、すなわちエヴェレスト峰」である。これは長兄のヘルマンが1855年にシッキムとネパールの国境をなすシンガリラ尾根上のファルートから絵にしたものであった。
ヘルマンは2年後の1857年にようやくネパール入国の許可を得て、カトマンズ盆地のカカニの丘近くのカウリア丘陵から東方を眺め、地元の呼称から世界の最高峰は「ガウリサンカル」だとした。この報告から、ヨーロッパではガウリサンカルがエヴェレストと混同されたが、のちにシュラーギントワイトのいうエヴェレスト峰は、現在のマカルー峰だと判明する。次いで『アトラス』で有名なのは第2図の「カンチェンジュンガ峰」である。
私が『アトラス』をはじめて拝見したのは1966年、深田久弥さんの「九山山房」であった。現在、私の知る限りでは、国内にあるシュラーギントワイトのテキストと『アトラス』のセットは国会図書館(深田本)、東洋文庫(モリソン文庫)、京都大学、東北大学、信州大学(小林義正&小谷隆一本)、そして本会の松﨑中正氏寄贈のセットの6点である。東北大のものは閲覧していないが、これらの中で本会所蔵の『アトラス』は色彩も鮮やかで、経年劣化もあまり感じられず、もっとも状態がよいと見ている。
くわしくは(1)『山岳』(第103年号、2008年)の拙稿と(2)拙著『ヒマラヤは黒部から』(2017年)を参照されたい。
薬師義美
(1)薬師義美,シュラーギントワイトのことなど,日本山岳会年報『山岳』,第103年号,2008, p145
(2)薬師義美 ヒマラヤは黒部から – わが山旅の記,茗溪堂,2017