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公益社団法人日本山岳会

登山家の呼吸、忍者の呼吸(その2):低標高での長時間活動時の呼吸

登山家の呼吸、忍者の呼吸(その2):低標高での長時間活動時の呼吸

群馬大学大学院医学系研究科 齋藤 繁 

 8月号に特殊な環境での呼吸法として、高所登山における呼吸と忍者の水遁の術について紹介したところ、興味深かったというコメントを頂きました。そこで、続編として「二重息吹」と「無息忍」について2回に分けて紹介します。

 平地での活動でも呼吸法に気を使うことが健康管理上重要であることは古くから繰り返し記述されています。禅宗の修行のポイントを記述した「天台小止観」には「十二種息」という呼吸のパターンが紹介されていて、心身を健全に保つための養生法とされています。白隠禅師の「夜舟閑話」や貝原益軒の「養生訓」 にも同様の起源から健康管理上の重要事項として呼吸法修練が強調されています。とりわけ「丹田(臍の少し下のこと)」に意識を集中して呼吸するようにと記されており、腹式呼吸で横隔膜が十分下がるまで大きな呼吸をする、肺を十分拡げて換気血流不均衡(血液が流れているのに換気されない肺胞があると血液の酸素化が悪くなること)を是正するということが経験的に意図されていると想像されます。また、ゆっくり吐くことが良いとされていて、これは慢性呼吸器疾患の患者さんに口すぼめ呼吸などで、末梢の肺胞がつぶれにくい呼吸法を指導することに相当すると考えられます。

 登山と類似の活動である修験道でも呼吸法を意識していると思われる点が幾つかあります。法螺貝を吹きながら歩くと、相当肺が拡がるでしょうし、「六根清浄」と口をあまり開かない文言を唱えながら歩くことは前述の口すぼめ呼吸に通じるところがあります。同じように、登山活動中に大きく吸ってピューと口笛を吹くように吐くことは理にかなっています。重い荷物を背負って山を登る剛力やヒマラヤのポーターも経験的にこうした終末呼気陽圧(息を吐く時に最後まで肺側にプラスの圧力がかかるように、吐く時に空気の通り道を狭めること)を心がけていると考えられます。

 さて、入手した極秘情報を依頼元の城主に山野を駆けて届ける際、忍者はどのような呼吸をしていたのでしょう。伊賀流忍法に詳しい川上仁一氏によれば、「伊賀流千里善走之法 二重息吹」という呼吸法が忍者軍団の間では推奨されていたとのことです。これは、「吸、吐、吐、吸、吐、吸、吸、吐」という呼吸で、この呼吸法を心がけると千里を休まず走り抜けられるということです(1)。筆者とその仲間でトライしてみましたが、はっきり言ってかなり難しいです。この呼吸法が無意識に行えるようになるには相当修行を積まないと無理でしょう。千里はさすがに誇張と思われますが、トレランや山岳耐久レースに出場する方々にお試しいただきたい呼吸法です。

 <参考>佐藤香澄 編集 「歴史群像シリーズ特別編集:図説 忍者と忍術」学習研究社、東京、2007年

     図の説明:極秘情報を長距離を走って伝える時、忍者は「二重息吹」を心がけたという。

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