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公益社団法人日本山岳会

医療委員会主催 膝痛の予防と対処の講演会開催 報告

医療委員会主催 膝痛の予防と対処の講演会開催

医療委員会担当理事・野口いづみ

 2017年2月16日、千駄ヶ谷の東京体育館で日本山岳会医療委員会主催が講演会「登山者に役立つ膝の痛み・トラブルの予防と対処」を開催した。定員100名で募集したが、参加者は117名と、会場は満員になった。遠方からの参加者もあり、膝のトラブルに悩む登山者が多いことがうかがわれた。117名の内訳は会員が34名、会員外が83名と、会員外が7割以上を占めた。

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講師は聖マリアンナ医科大整形外科学講座講師で膝関節外来を担当している小林哲士先生だった。

月350人の患者さんを診察しており、手術症例も多いそうで、新進気鋭の膝のエキスパートだ。medical kobayshi1.jpg

小林氏は、まず、膝関節の構造を示し、最低限知っておいてほしい各部の名称を説明した。太ももの骨が大腿骨、すねの骨が脛骨、靭帯は4つあって膝の内側、外側、前と後の十字靭帯、それに大腿骨と脛骨間のクッションの半月板だ。medical knee31.jpg
 痛い部位を把握することからすべてが始まるという。つまり、痛みの部位は関節内と関節外に分けられ、それぞれに原因が異なる。関節内の痛みは、軟骨・骨、靭帯、半月板の損傷が原因で起こる。関節外の痛みは、鵞足(膝下の内側)、腸脛靭帯付着部(膝の外側)、大腿四頭筋腱(膝の上)、膝蓋下脂肪体(膝の下)の炎症で起こるという。medical knee41.jpg

痛みがどこで、原因が何か把握出来れば、解決策は決まるということで、意外と容易な解決策がありそうだ。
 続いて、登山と膝関節痛のテーマになった。太もも後にある筋肉のハムストリングは膝を曲げる作用があるが、下りでハムストリングが緊張しやすい。

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ハムストリングが脛骨に付着している部位を鵞足といい、ハムストリングの過緊張によって鵞足炎が起こる。このような関節外のトラブルの対策は、体重と荷加重を減らし軽量化することと、きれいに歩くことだという。腰が後に引けているとハムストリングをはじめ大殿筋(お尻の筋肉)や腸腰筋(骨盤の内側から大腿骨に付着する筋肉)など股関節周囲の筋の負担が増加してしまう。横から見て、肩、骨盤、足首のラインがまっすぐになっている歩き方が良いとのこと。
 膝関節痛の対処法としては、専門医療機関を受診することと断定した。痛みについては原因の正しい分析が大切で、さまざまなケースがあるので、診察を受けて個別的に治療を進めることが必要とのこと。なお、関節外の痛みは膝関節の周囲の筋肉の使い方、歩き方を注意するだけで解決する場合もあるという。たとえば、ハムストリングの緊張を取るためのストレッチとして、開脚してなるべく良い姿勢で前屈する方法が有効だ。

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また、普段の歩き方にも注意すると良い。膝を曲げて歩くとハムストリングに負担がかかりやすいので、平地では膝を伸ばしてかかとから着地すると良いそうだ。

登山中に膝が痛くなってしまった場合の対策は、安静にし、悪化する場合は助けを呼び、何とか歩けそうな場合は無理せず歩くこと。即効性のある鎮痛薬を使うのも有効で、薬としてアセトアミノフェンや非ステロイド性鎮痛薬がある。内服後15~30分で効果が得られる。基本的には食後にのむか、胃薬と一緒にのむとよい。続けてのむ場合は6時間あける。喘息のある人は発作を起こす場合があるので注意する。いずれにせよ、登山中はできることはあまりなく、十分な筋肉をつけておくが大切とのこと。

登山者がよく使う膝痛対策として、サポーター、ストック、テーピングに触れた。柔らかいサポーターは歩行に伴う痛みは軽減するが、これは痛みを感じる閾値をあげて、痛みを感じにくくさせるためらしい。しかし、使って悪くなるということはないが、機能障害の改善は期待できないとする報告が多いそうだ。サポートタイツも痛みは取れるが研究中とのこと。サポーターとサポートタイツについては、登山者の立場からもう一歩踏み込んでほしい感じがした。ストックは有効で、膝関節と股関節への荷重を大幅に軽減できる。なお、ストックは膝の痛みのある反対側の手に持つとバランスを取りやすい。テーピングは30分か1時間程度しか効果が期待できず、長時間効果を得たい場合には巻き替えが必要とのことだった。

登山者に必要な膝関節痛の予防としては、正しい姿勢と歩き方、膝関節と股関節周囲の筋力を強化し、かつ柔軟性を高めること。柔軟性のある良い筋肉にするためには、ストレッチをして伸ばす必要がある。つまり、筋トレとストレッチはワンセットと考えられ、ストレッチの必要性が強調された。なお、筋トレは90歳まで効果があるので、高齢者もぜひ筋トレしてほしいとのこと。サプリメントは栄養補助食品と考えて、食事はバランスよく摂取し、特にたんぱく質、つまり大豆、魚、肉を取ることが重要だそうだ。

登山のためのトレーニングとして、ジョギング、筋トレ(特に大腿四頭筋、)、ある程度の頻度での登山をあげた。大腿四頭筋の筋トレにはスクワットが有効で、大殿筋やハムストリングも鍛えられる。腸腰筋の筋トレは寝た状態で足をあげるとよいそうだ。

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また、自分なりのカラダ作りの目的、つまり、筋力をつけたいか、持久力をつけたいかで方法が異なる。1RM とは1回だけ運動を行うことができる運動強度で、「太マッチョ」を目指す場合は1RMの60〜65%の強度が必要だが、「細マッチョ」をめざす場合は強度よりも12−20RMと回数を増やすことが必要だ。25RM以上では筋肉を増加効果はないとのこと。最近は、筋トレは8~10回程度の1セットで良いとされているそうだ。トレーニングの頻度は、次回の運動との間は48時間開けることが推奨されており、筋力増強には最低週2回必要で、週3回が適当とのこと。

最後に、膝関節の治療の実際、脛骨骨切り術、ヒアルロン酸の関節腔内注射、人工膝関節置換術などについて、動画も用いて紹介した。なお、寿命に影響する因子として変形性膝関節症はもっとも影響力が大きく、以下、糖尿病、喫煙、骨粗しょう症の順で、膝関節痛を予防すると長生きが期待できるそうだ。
 講演中に随時、質問を受けたが、講演会最後の30分ほど、質疑応答を行った。多くの質問があったが、質問者は膝の手術を受けた方が多かった。ケースはさまざまで、対処法も多岐にわたるものだったが、小林氏はてきぱきと明快に回答した。質問者に不安を抱かせるような対応は避けるという配慮があり、このことは講演がわかりやすいことに反映されていたと思われる。

最後に、浜口委員長は、「本日はいかに膝をいたわりながら、山を楽しむかというお話を聞けました。会場の方は膝の悩みを解く方法を、医療相談のお金を払わずに聞けたということは本日の最大のベネフィットではなかったかと思います」と挨拶し、講演会は終了した。

終了後、アンケート用紙を87名の参加者が提出した。性別は男性52名、女性34名、不明1名だった。年齢は30歳代3名(会員0名)、40歳代13名(1名)、50歳代31名(5名)、60歳代22名(9名)、70歳代15名(7名)、80歳以上3名(3名)で、若い方は会員外が多かった。講演会を知った媒体については、日本山岳会か医療委員会のHP が最も多く(35名)、以下、口コミ(23名)、山と渓谷社の本またはWeb情報(14名)で、会報は10名と少なかった。評価は1の「とても良かった」が51名、2の「良かった」が34名で、3の「普通」と4の「あまり良くなかった」は無く、無記入が2名だった。感想は「懇切丁寧でわかりやすく有効だった」というものが多く、「講師がフレンドリーで、双方向性で満足した」などもあった。「配布資料をもっと詳しく」や「もう少し登山に特化してほしかった」という反省すべき感想もあった。今後、希望するテーマとして、体力づくり、筋トレ、腰痛、高血圧・不整脈などの病気、ハチ刺され、登山と長寿などがあげられた。これらのアンケートを参考にして、関心の高い医学的テーマについて講演を行いたいと考えている。なお、山と渓谷3月号で特集「悩める膝 予防と対策」が組まれ、小林氏が座談会・診察会に登場している。個別症例について、原因と筋トレの仕方などをアドバイスしている。併読されるとわかりやすいだろう。

講演の模様を収録したDVDを希望される方は医療委員会yamairyou@yahoo.co.jpへご連絡ください。参加委員は、小林氏と同郷の熊本からはせ参じた土井氏など7名と、奈良千佐子さんだった。ご協力に感謝したい。

講演を収録したDVDを、実費(1200円)で頒布します

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