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公益社団法人日本山岳会

過換気症候群(過呼吸症候群)と山登り 浜口欣一 第865号

過換気症候群(過呼吸症候群)と山登り

浜口欣一

 過換気症候群とは,精神的なストレスや不安などの心理的な要因によって換気(肺での空気の入れ換えのこと)が過剰に行われ,呼吸困難や手足のしびれ,動悸などのさまざまな症状が現れることをいう.山行時に経験したの事例を提示する.

 慈恵医大槍ヶ岳診療所の下山路として,キレット越えの北穂高岳コースを選んだ.同行者は30代の看護師ふたりである.彼女らは毎年富士山登山を中心に,丹沢周辺を楽しんでいる.山の初心者では無いが,北アルプスは初めてだった.

 朝食後7時半過ぎ診療所を後にする.視界は比較的良好であったが,午後からは雷注意報が出ていた.南岳小屋までは順調で,パトロール隊に午後は雷が来るから注意するように,とアドバイスを受けた.キレットの下りが始まり2カ所のハシゴ場を通過するとキレットの底に達する.ここからジグザグの稜線を行くと長谷川ピークである.長谷川ピークを通過する辺りから,突然一人の看護師が泣き出した.恐らく落ちるのではないかという不安が生じたのであろう.呼吸も荒く,ハーハーと息づかいが聞こえてくる.信州側から飛騨側に回り込み,三点確保のポイントを指示し,取り敢えず飛騨側のトラバースにたどり着いた.この頃から,彼女は手足のしびれ,めまい,頭痛を訴えるようになった.最低鞍部に達する頃には雷と伴に雨が降り出す.雨具を付けさせながら,関係ない事を話題にしながら,ともかく落ち着かせようとした.この間,「人間不信になった,誰も信じられない・・・」と言い出した.少し落ち着いて来たので,この先のルートを説明し,北穂高小屋を目指す.飛騨泣きを通過する頃かはかなり落ち着いてきたが,手足の痺れは訴えていた.

 北アルプスは初めだが,山の初心者でない彼女に一体何が起こったのか?.下山後反省会をした際,「落ちて死ぬのではないかという恐怖心が生じ,呼吸がハーハーと浅く早くなった,ともかく怖かった・・」と言う事であった.呼吸がハーハーと早く浅くなる現象を過換気症候群(過呼吸症候群)という.過度の不安や緊張など,精神的な不安があると生じやすい.過剰な換気となり,血液中の二酸化炭素が呼気中に多く排出され,呼吸中枢を刺激する血液のpHがアルカリ性に傾き,これを呼吸性アルカローシスと言うが,この状態が,過換気症候群である.

 対処方法:過換気を抑えるために,気持ちを落ち着かせる.一呼吸を,吸気1に対して呼気2の感じ(ゆっくり息をはく,息をはくときに止める),紙袋,ビニール袋を鼻と口に当てて呼吸させ,一度吐き出した呼気(二酸化炭素)を再度吸うことによって,体の中の二酸化炭の濃度を上げる.この際,袋の端を切って,酸素不足にならないような注意は必要だ.

 この様な経験をして,自分自身も厳しい山行への同行者への配慮の大切さを学んだ.

 下図のイラストは,日本医師会ホームページ「健康の森」の許可を得て掲載.

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