記:小笠原 辰夫
【日時】:令和8年2月15日~18日(3泊4日)
【参加者】:下河邊 史郎、斎藤 悦子、西村 幸雄、大友 厚夫(西村友人)
横田 昭夫、舩坂 不二夫(横田友人)、小笠原 辰夫(合計7名)
2月15日
初日は、春を思わせる快晴の妙高高原に各自思い思いに『赤倉ユアーズ・イン』に集合する。東北の岩手からは西村、大友メンバーが11時31分に、関西方面の大阪の斎藤さんは東京で下河邊さんと合流して14時55分に妙高高原駅に到着する。午前中に到着した西村、大友両氏は午後より早速赤倉観光リゾートスキー場で滑り始め、午後到着の下河邊、斎藤両氏は明日に備えて道具の点検、準備をする。
宿泊客はオーストラリアからの外国人常連客がほとんどで、夕食をとるのは山想倶楽部のメンバーと数人の日本人です。夕食後はいつもの様に持ち寄った日本酒で宴会となり、自民党Ⅰ強となった衆議院選挙の結果や高市内閣に危惧する話などで、いつもと違う話題で大いに盛り上がった。
2月16日
7時半の朝食後本日のスキー予定地である杉ノ原スキー場へ9時半に出発する。天候は昨日と打って変わって風雪のホワイトアウトで、高齢のスキーヤーにとっては少々気が重い感はある。岐阜より本日から参加する横田、舩坂両氏は横田さんの車で直接杉ノ原スキー場へ向かうことになっていて、お昼には合流できるとの連絡が入る。
この杉ノ原スキー場はシンガポールの政府系投資会社が本格的にリゾート開発することが既に決まっており、妙高市も用地の提供等で後押しする形で、今後2030年までに五つ星ホテル2棟や外国資本の大手ホテルチェーンのホテル等が2棟建設されるとの事で不動産バブルになっており、我々日本人にとっては、宿泊やレストラン、リフト券の高騰等が懸念され、近い将来このスキー場では滑ることが出来なくなるかもしれないと不安を感じている地元住民も増えています。
天候は一向に回復する様子も無く、視界不良との事でスキーをするよりレストランでお茶している時間の方が長い事もあり、早々に切り上げて3時半には宿に戻って来ました。夕食後の宴会では今回の参加者が全員そろった事もあり、昨夜に増して盛り上がりましたが、話の内容は昨夜の高尚な政治の話から一変し、乾燥室の干し物の話が話題となり、特に長期滞在している外国人女性の三角形の紐式Tバック下着の話では、我々の高齢者の場合は下半身に着用しないで額に結び着けて棺桶に入るのに利用できる等、大笑いする話で楽しく過ごしました。
2月17日
春が間近になってきているのでしょうか?昨日の悪天が嘘のように雲一つ無い快晴です。本日の目的地はお隣の長野県は黒姫高原のスキー場です。このスキー場は、隣に越後富士と称される妙高山が間近に迫り、野尻湖も眼下に望め、遠くは菅平や志賀高原を見ることが出来る景観の素晴らしいスキー場です。、スキーコースも数多く横に広くて滑走者も意外と少ない穴場的なスキー場です。我々の今回のメンバーは初めて滑る方が多く興味深い企画となりました。滑り終えた後このスキー場の感想を聞いたところ、次回からはこのスキー場を1日は滑る場所としてメニューに入れようとの事になりました。終日日焼けするほどの好天に恵まれ充分滑ることが出来て充実した一日との事で3時で切り上げ宿に戻りました。
2月18日
今日は最終日です。東北から参加した西村、大友両氏以外は滑らずに帰省するとの事で、朝食後他のお客様をゲレンデに送迎した後、車で来られた横田、舩坂両氏とお別れし、下河邊、斎藤両氏を妙高高原駅へ列車の時刻に合わせて送迎しました。残った西村、大友両氏はまだ滑ったことのない池の平スキー場を滑ってみたいとの事で、池の平に送迎し終日滑りました。夕食は、お二人にとって最後の夜の為、近くの居酒屋にご案内して、新潟の地酒を飲み、ブリ釜の塩焼きやゴボウの天ぷら、揚げ出し豆腐を肴に、最後にはつなぎ無しの十割蕎麦を食べてほろ酔いの内に、夕方より吹雪となりみるみる積もってゆく雪の妙高高原を満喫しながら家内の迎えの車に乗り込んで居酒屋を後にし宿へ戻るのでした。
2月19日
今日は東北岩手のメンバー西村、大友両氏の帰省する日です。朝食後滑らずに帰るとの事で、10時52分発の長野駅行き列車に乗る為、10時半に当館を出発し妙高高原駅に送る。
今年度の『妙高の雪を楽しむ会』は最終的に4泊5日となりましたが、割と天候には恵まれて充分に滑れたと思います。又夕食後の宴会もお酒の量もほどほどで楽しい話で盛り上がり親交を深める事も出来ました。いつまでこのイベントを続けられるか参加者の皆様の不安も感じられましたが次年度の開催と再会を楽しみにそれぞれ帰省して行きました。




